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魔法小路のただの茶屋  作者: ゆずはらしの
2.騎士がやって来た日。
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●番外編 ハッピー・ハロウィン 4

 あれ?



 ティラミスは、首をかしげた。扉の方を見ると、確かに扉は開いている。だが、そこには誰もいない。おかしいな、と思っていると、音楽がはっきりと響いた。なぜだろう。足音も聞こえる。


 そこには、誰もいないのに。


 ぷおー、ぷおー、と響くバグパイプ。ざっ、ざっ、という足音。え? なんのドッキリ? と思っていると、店主が奥から出てきた。手に籠を持っている。



「いらっしゃい。ソウル・ケーキです。蜂蜜酒ミードは裏口に、樽があります。ひとり一杯ずつですよ」



 そう言って戸口に向かうと、屈んで、籠を地面に置いた。


 音楽と足音が、ぴたりと止まる。しばらく静寂が続いたが、やがてまた、音楽が始まった。



ぷおー、ぷおー。

ざっ、ざっ、ざっ、



 ティラミスがまばたくと、ちらちらと、何かが見えた。


 バグパイプや太鼓を抱え、とんがり帽子をかぶり、緑色の衣服を着た……小人の行列。


 えっ、と思った次の瞬間、それは消えて、音楽と足音は遠ざかって行った。店主が扉を閉める。からん、とドアベルの音がした。



「紅さん。ええっと」


「はい?」



 呆然としながら呼びかけると、店主が振り向く。



「あの、いまの……いま、ええと、み、緑色?」



 あわわ、という感じで言うと、店主は首をかしげた。



「なんじゃ。慌てて」



 おばばが、不審そうな顔で言う。



「いやいまちょっと、あの、見ました、おばばさま」


「何をじゃ」


「えーとその、えーと、戸口に。あの。緑色の」


「菓子をもらいに来た者がおったのう」


「そう、お菓子を。え、お菓子を?」



 ティラミスは、んん? と首をひねった。



「あの……いや。お菓子をもらいに……? え? そうなの?」


「紅どのが、渡しに行っとったじゃろ」


「ああ、……そうね。ええと。だったら、……あたし、ひょっとしたら、ちょっと疲れてるかも?」


「そうですか?」



 その言葉に、籠を片手に戻ってきた店主が、心配そうに言った。ティラミスは片手で頭を軽く抑え、うーん、とうなった。


 緑色の小人たちを見た。と、思った。


 でも、紅さんにしても、おばばさまにしても、こんなに落ち着いているってことは……あれは、あたしの見間違い? 



「ええっと、いま、……音楽、鳴ってたよね」



 意を決して言うと、店主は「ああ」と言ってうなずいた。



「この時期になると、この辺りを、回るものがいるのですよ。音楽を奏でて、その代わりにお菓子をもらうんです」


「あ、なんだ、子どもが来てたの?」



 ティラミスは、その言葉を聞いて、体から力が抜けた。



「そっか。あたしの位置からは良く見えなかったのね。背の低い子ならわかんないか~……」



 その子はきっと、緑色の衣装で、仮装をしていたのだろう。それが、目の錯覚か何かで、すごく小柄に見えたに違いない。


 なーんだ、そうかと思って一人で納得していると、店主とおばばが何か言いたげな顔をしてこちらを見ていた。



「スルーしたのう」


「そうですね」


「はっきり見たと思ったがのう」


「ティラミスさんですから」



 二人はそう言うと、うなずきあった。なんなの? とティラミスは首をかしげた。



「ね、紅さん。その籠の中、準備していたハロウィンのお菓子? 何をあげたの?」



 籠の中にクッキーらしきものが見えて、ティラミスが尋ねる。店主は答えた。



「ソウル・ケーキです。バタークッキーですね」



 そう言って、籠の中身を見せてくれる。レーズンの入ったクッキーらしきものが中にあった。



「クッキーなのに、ケーキなの?」


「昔は、バターや果物を使ったお菓子は贅沢なものだったんです。焼いたお菓子はだいたい、ケーキと呼ばれました。現代ではクッキーに分類されてしまいますが、これはケーキだったんですよ」



 そうなんだ、とうなずく。美味しいのかな?



「おまけで帰る時に一個、あげますよ」


「やった!」



 うれしくて笑うと、店主もおばばさまも笑った。



* * *



 タルトは、絶品だった。


 ティラミスはケニアのミルクティー。おばばさまは、ルフナ。ポットで出されたものを、お互いのカップに注いで、分け合って飲む。二倍、お得! とか言いながら。


 店主もなぜか、最後には、おばばさまに引っ張りこまれて、即席の、小さなお茶会が始まった。



「美味しい!」


「うーむ。まったりとしてしつこくなく、しかしコクがあり」


「なんの解説ですか、おばばさま……」


「美味しいものって、ほんと、魔法みたいよね。うれしいって気分にしてくれるもの。紅さん、ここにお店を開いてくれて、ありがとう」


「ありがとうございます。そう言っていただけると、店を続けてきた意味があったと思えます」


「この店主は酔狂じゃからのう。したが、わしも、美味い菓子を食べ、茶を飲めるのはうれしいぞい」



 ソウル・ケーキを味見させてもらったら、素朴な感じで気に入った。頼んで、お土産用に袋に詰めてもらう。


 代金は、タルトとケニアのお茶、そして持ち帰りのクッキーの分を入れて、千五百円。



「そうじゃ。紅どの、外のお嬢さんがの。この飾りを作る者と取り引きがしたいらしいぞ」



 そこで、おばばが思い出したように、自分の髪飾りを指さして言った。



「そうなんですか? では、紹介すれば良かったですね」


「紹介?」


「さっき、戸口でバグパイプを鳴らしていた方たちの中に、作っているかたがおられたんですよ」



 えっ、子どもが? とティラミスは思った。



「職人のお家の子なの?」


「まあ、……そうですね」


「そっか~。あ、じゃあ、今度会ったら紹介お願いします。イヤリングとか、ちょっと欲しくって」


「イヤリングですか」


「おばばさまの、可愛いから。こういうの好き。あ、でも高かったら手が出ないかな……」



 店主はちょっと首をかしげた。



「高くつきますかね?」


「どうじゃろな。あれも一応、気難しいしのう」



 そう言う二人に、ティラミスが目を丸くする。


「気難しいの?」


「うむ。あれはのう。商売で作っておるのではないのでな。こうした飾りは、気に入った相手にしか作らんのよ」


「へえー、すごい! 小さいのに、もう職人気質なんだあ。職人の、譲れない一線! みたいな感じでかっこいいー」


「おまえさんみたいな相手じゃと、作ってくれるかもしれんのう」



 なぜか、おばばに笑われた。



* * *



 ティラミスは、店を出た。薄暗い路地を、しばらく歩く。ソウル・ケーキの袋をしっかりと胸に抱いて。


 あのあと、ケニアの茶葉も購入してしまった。見ていたおばばさまは笑って、おまけじゃと言って、にわかせんぺいをくれた。垂れ目の困った顔がついた、博多の名物。一度は思わず自分の顔に当ててしまいたくなる、マスクにもなりそうな、あれ。



おまけはうれしい。うれしいが。なぜ、コレ。なぜ、にわかせんぺい。


『せんべい、ではなく、せんぺい、と記すのが正式名称じゃ!』


知ったからと言って、だからなんだ。みたいな豆知識も伝授された。自慢げに。まあ……おばばさまだからなあ。


とにかく、これも食べちゃお。明日、会社でみゆたんと、ティータイムできたら良いなあ。


そう思いつつ歩いていると、だれかが後ろから声をかけてきた。



「とりっく、おあ、とりーと」



 小さくて高い声だった。子どものような。


 振り向くと、緑色の服と、とんがり帽子をかぶった男の子。ああ、ハロウィンでお菓子を集めているのね。ティラミスはそう思った。



「こんばんは。お菓子がほしいの?」



 膝をついてそう尋ねると、小さく男の子がうなずいた。手に持っていた袋から、ソウル・ケーキを取り出しかけると、一緒に、にわかせんぺいも出てきた。



「……」



 子どもの目が、垂れ目の顔の絵がついたお菓子に釘付けだ。



「こっちが欲しい?」



 尋ねると、うん、とうなずく。笑ってティラミスは、垂れ目の顔のお菓子を渡した。子どもがにっこりする。


 立ち上がろうとすると、何か差し出された。なんだ、と思うと、ぐい、と押しつけられる。受け取って見ると、小さな蔦の葉のイヤリング。緑と黄色、赤のグラデーションに、金粉がふられている。



「わ、きれい……って、あれ?」



 目をあげると、子どもの姿が消えていた。



「素早い……」



 まばたいて、ティラミスはイヤリングを見つめた。耳につけてみる。


 ほっこりと、心が温かくなった気がした。



「ちょっと、うれしいなあ」



 立ち上がるとティラミスは、家に向かってまた歩き出した。足取りは、軽かった。


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