●番外編 ハッピー・ハロウィン 3
先ほどのディンブラより、色の濃いお茶が注がれる。
「さっきより色が赤いのね」
「アフリカで栽培された茶葉です。アッサム系で、味がしっかりしています」
一口飲んでみると、さっきのお茶とまるで違う味。
「ちょっと、味が重い感じじゃの?」
「同じ紅茶なのに、こんなに違うんだ」
「香りも全然違うのう」
二人の感想に、店主が答えた。
「茶葉も生き物ですから。育った場所や摘み取った時期によって、いろいろと変わりますよ」
「変わりすぎじゃろう、これは」
「うん、でもこれ、ミルクや生クリームとかと合いそう。これなら、タルトの味や香りとケンカしないね」
ティラミスは、タルトを一口食べてみた。
「濃いめにいれましたので、ミルクを入れてみてください」
「うん。あ、美味しい。香りがほんのり、キャラメルっぽい。タルトのシナモンと合う~」
「どれ。おう、美味いのう!」
にこにこしながら、ティラミスとおばばはタルトをつつき、お茶を飲んだ。
「最後は、ルフナです。スリランカ低地の紅茶で、アラブの方々が好まれます」
注がれたお茶を、一口飲んでみる。
「ん? なんだか、変わった味……」
変わった香りが口の中に広がった。まずいというわけではないが、何かを失敗したかのような。
「なんじゃ、これは。妙な感じじゃのう」
おばばもそう思ったらしい。首をかしげている。すると、店主が言った。
「砂糖を入れてみてください」
言われた通り、砂糖を入れてみる。スプーンでかきまぜて、一口。
「あれ?」
味が変わった。いや、変わったと言うか、完成した、と言うか。
「あれ? これ……え? なんの味……どこかで」
「黒砂糖、食べた時の感じに似てませんか」
「おう、それじゃ!」
おばばがぽん、と手を打って言った。そうだ。これは、黒砂糖の独特の香り。
「えっ? でもなんで? さっきは変な味だったのに」
「ルフナは、甘みをつけると、それが香りを支えるんです。ミルクも入れてみてください」
ミルクを入れると、懐かしいような味になった。
これは……あれだ。
子どものころに、大好きだった、あの、
「あったかいコーヒー牛乳! でもコクがある!」
思わずティラミスが叫ぶと、コーヒー牛乳ですか……と店主に肩を落とされた。
「ひっひ! コーヒー牛乳かえ。言われてみれば、似ておるわ。形無しじゃのう、紅どのや」
ぶはっ、とおばばが笑い出して言った。
「えええ、えーとえーと。いや、だって、紅茶なのに味が濃いって言うか! 美味しいですっ!」
さすがに、コーヒー牛乳はまずかったか。そう思って慌ててティラミスが言う。
「美味しいと、思われたのなら良かった」
それでもちょっと苦笑気味な感じだったが、店主がそう言った。
「ん~。あはは。でも、すごいね。こんなに味が違うんだ」
カボチャのタルトとレモンのクッキーを食べ、ルフナのミルクティーを飲む。小さめに切ったタルトとクッキーは、すぐになくなった。
「さっきのケニアも良かったけど、これも美味しい。どっしり、秋! ってカンジ。テイスティングって、こんな風にするの?」
「ええ、お試しの場合は、三種類ぐらいを、少しずつ。それ以上は、味や香りを覚えておこうと思っても、混乱するでしょう?」
「そうじゃの。あれこれ出されて説明されても、何が何だかという感じになるしのう」
「でも、面白かった~」
「うむ」
それからティラミスはじっ、と空になった皿とポットを見比べた。
「ええ~と、こう言ったら厚かましいかもですけど」
「もうちょっと、食べたい?」
「あ、あはは。だって美味しいんだもん~!」
タルトは小さかったので、ちょっと物足りない。
「うむ。わしも食欲が出てきたわい」
出されていたクッキーをちゃっかりと完食し、おばばが言った。
「今出したのは、おまけです。ここからは、正規の料金になりますが。一皿、持ってきましょうか?」
「あ、はい! お願いします。もともと、ここのお菓子でお茶したかったんだもの」
ぱっ、と顔を明るくしてティラミスが言った。
「カボチャのタルトですか?」
「はいっ。ちょっと食べただけでも美味しかった~」
「わしも同じものを頼むぞい。トリッカトリートの分は、このテイスティングで許してやるわい。対価は支払う」
「はい。では、お茶はどうします?」
「あ、えーと。そしたら、二番目に飲んだ、ケニアで」
「わしは、最後のルフナが気に入ったのう。あれを頼めるか?」
「では、しばらくお待ちくださいね」
空になった皿と、テイスティングに使ったカップとポットをトレイに乗せると、店主は引っ込んだ。
美味しかったなあ、と思ってティラミスは椅子に座りなおした。あの美味しいのがやってくるのを待っている、こんな時間も好きだなあ。
そう思っていると、どこからか、音楽が聞こえた。
「なんか聞こえませんか、おばばさま」
ぷおー、ぷおー、という独特の音。それが、ゆっくりと大きくなってくる。
「バグパイプじゃの。誰ぞ、こちらにやって来ておる」
言われてみれば、バプパイプの音だ。
この店では、音楽がかかっていることは、あまりない。その代わり、時折、音楽家による生演奏を聞かせてもらえる。
古い楽器で、たぶん、古楽とか言うのだろう。そういう音楽を奏でてくれる。以前、何度か行き会って、演奏を聞いた。のんびりした感じの曲が多くて、なごんだ。
演奏する音楽家は変わった人が多いらしく、たいていが、妙な格好をしているのだが。
音楽は、だんだん大きくなってきた。どうも、集団のようだ。音がいくつも重なっている。ああ、近づいてくるな。そう思っていると、ばたん、と音を立て、扉が開いた。