●番外編 ハッピー・ハロウィン 2
「そういうの、できるの?」
「できますよ。味がわからなければ、選びようがありませんでしょう。良ければ。それで気に入ったものがあれば、お買い上げいただけたら、ありがたいです」
「そっかあ。うーんと、じゃ、そのテイスティング、させてもらえます?」
店主はちょっと考えてから、それじゃ、三種類ほどお茶を持ってきますね、と言って引っ込んだ。
ティラミスは、テーブルのひとつについた。古びた木の椅子の背もたれの、カーブの部分がなめらかで、なんとも心地よい。穏やかに流れる時間にふう、と息をつきたくなる。
時間に追われるばかりの毎日で、こんな風に、お茶が出てくるのを待っている時間があるなんて、なんだか不思議な気がした。
そうしてぼんやりと、心地のよい時を過ごしていると、ドアベルがからん、と鳴った。
「トリック・オア・トリート! って、なんじゃ。紅どのは、奥か?」
スーツをきりっと着こなしたおばばが、ハイヒールの音をかつかつと鳴らして入ってきた。落ち着いたボルドー色のスカートとジャケット。わずかにクリーム色がかったブラウス。ジャケットの胸ポケットには、レースで縁取られた白いチーフがさりげなく配されている。
そうしておばばの髪と耳には、グラデーションが美しい、蔦の葉を模した飾りがあった。
「わあ、おばばさま。その飾りキレイ。可愛い~」
「秋を装ってみたのよ」
「すごく自然な感じ。どこで売ってるの、そういうの?」
「手作りじゃ。こういうものを専門にしておる者がおってな」
手にしたハンドバッグにも、蔦の意匠が使われていた。なんともオシャレだ。
「ハンドメイド……そっかあ。そのイヤリングとか、可愛いから、あたしも欲しいんだけど」
「ふむん?」
おばばは、ちょっと首をかしげた。
「紅どのに頼めば、仲介はしてくれるじゃろうが……うむ。対価は払えるのかのう?」
「あ、高いの? あ~、そっか。ハンドメイドだったら、そうなるよね……」
「高いと言うか……払えるかどうかなのじゃがのう」
どうしようか、という顔をしたおばばの前に、店主が現れた。
「いらっしゃいませ、おばばさま」
「おお、紅どの。トリッカトリート! じゃ!」
うれしげに言うおばばに、店主は苦笑気味に、どうぞ、好きなお席に、と言った。
「今から紅茶のテイスティングをするのですが。おばばさまも参加されますか?」
「飲み比べか? そりゃまた優雅じゃの。頼む」
「ティラミスさん、おばばさまと一緒でかまいませんか?」
「あ、はーい。良いですよう。おばばさまと一緒だと、なんだか楽しそう」
「ありがとうございます。では、おばばさま、こちらのテーブルへ。すぐに持ってきますから」
店主がまた奥にひっこみ、おばばがティラミスの向かいの椅子に座った。
「なんの茶葉じゃ?」
「いろいろ言われたけど、わかんなくって。そしたら、三種類ほど持ってきてくれるって」
「茶請けもつくかの?」
「うん、それ、あたしもちょっと楽しみにしてる」
ふたりして、くすくす笑う。甘いものって、ちょっとあるだけでもうれしいんだよね! とか言い合いながら。
やがて、店主が三つのポットと、小さなカップを六つ、トレイに乗せて戻ってきた。小さめに切ったタルトと、シンプルなクッキーも皿に盛られている。
「お待たせしました」
「あ~、それ、カボチャのタルト?」
「はい。テイスティングはお茶の味を比べるので、これはおまけです」
そう言うと、店主はお菓子の皿をティラミスとおばばの間に前に置いた。取り皿とフォークを、二人の前にそれぞれ置く。
「うまそうじゃのう。したが、量がさびしいのう。もうちょっと欲しいぞい」
「これはあくまでも、テイスティングのおまけですので。では、お茶の説明をしましょうか?」
「お願いします!」
ティラミスが元気良く言うと、店主もなんだか、うれしそうな顔になった。
「はい。では、最初はこのお茶を。ディンブラです」
ポットからカップに、オレンジがかった、いかにも紅茶、という色のお茶が注がれる。ふわん、と広がった香りに、ティラミスはきゃーと口の中で小さく言った。おばばもうれしそうに、ほほう、と言っている。
「うわあ……良い香り~」
「本当に。華やかじゃな」
「二月の、クオリティシーズンのものです。花みたいでしょう」
「あ、言われてみれば。花っぽい」
くんくん、と、二人して匂いを嗅いでしまう。
「どうぞ」
差し出されたカップを手に取り、ティラミスは湯気を吸い込んだ。なんだか幸せだ。
「いただきまーす。わあ。ちょっと渋い、かな。でも美味しい……」
思わず、ほっこりしてしまう。前を見ると、おばばさまもふにゃーんとなごんだ顔で、お茶を口にしていた。
「スリランカのお茶です。標高の高いところで栽培されていて、華やかで、軽い味わいです」
「うん、かるーい感じ。ミルクを入れたら、重くなっちゃうかな」
ふと思いついて、取り皿にタルトを取った。フォークで崩して食べてみる。
「んん。これはこれで良いけど、このタルトとでは……香りがケンカしちゃうみたいな?」
「そうじゃのう。ちょっと、タルトの方が重過ぎる感じじゃの?」
同じようにタルトを取り皿に取り、食べていたおばばが言った。
「クッキーを試してみてください」
言われて、二人はクッキーを手にした。かじってみる。レモンの香りがした。
「レモンクッキーか」
「サワヤカ~。あ、このクッキーだと合うよ」
「ディンブラやニルギリは、果物系のお菓子と合わせやすいんです。そのレモンクッキーだと、ミルクを入れて飲んでも美味しいですよ」
「どれ。おお、本当じゃ」
おばばが小さなカップにミルクを入れて、レモンクッキーを食べている。ティラミスも真似してみると、なかなかに美味しかった。
「次は、こちら。ケニアです」