さらに、さらに、その店では。5
ぼんやりと二人を見ていると、おばばがこちらを見やった。
「なにがなんだか、という顔じゃな。騎士どの。
別に、われらは難しいことは言っておらぬよ。肝心な事というのはたいてい、あっさりとして単純なものじゃ。
人が混乱する時にはの。認めねばならぬ事は、常に、多くはない。たった一つじゃ。それだけを認めれば、あとは芋づる式に、全てほどける」
「意味がわからん」
「そこのも言っておったじゃろ。なぜ、聞かなかった事にする?」
何をだ。そう思っていると、おばばは顎をそらすようにし、腕組みをした。
「ここは魔法小路。人の世とは違う律に縛られ、違う法により護られる場所。とっとと認めんかい、小童!」
「おまえのような小娘に、小童呼ばわりされるいわれはないぞ」
思わずそう言うと、「はっ!」と馬鹿にしたように笑われた。
「気に止めるのはそこか? 目を逸らすのも大概にせい。見苦しい。わしは、ここがどこじゃと言うた」
「魔法小路か。しかしそんなものは、老人や子どもの喜ぶただの、」
「たわごとか? のう、紅どの。これを助けて何の得がある?」
苛立ったようなおばばに、店主は膝をついていた床から立ち上がった。
「わたしの店の、お客さまですから」
「律儀じゃの」
「役目を果たしているだけです」
「それすらできぬ者も多い。ここは力が力を喰う。何かをすればするほど、律は渦巻き、かつてあった志も巻き込まれる内にくたびれる。
おまえさんが、どこまでやれるか。まこと、見物じゃな」
そう言ってから、おばばはウィルフレッドに向かって言った。
「騎士どのよ。わしはな。正直言って、ぬしのことなぞ、どうでも良い。ただの茶屋のあるじどののしている事も、酔狂にしか見えぬ。
じゃがの、言うておくが。今、ここで最もぬしの味方と言える者は、そこのあるじどのじゃ。
それだけは、ゆめ、疑うな」
「疑ってはおらんが……何が何やら、さっぱりわからん」
一連の流れと彼らの会話に困惑しつつ、騎士が言う。店主が身じろいで、なにかを言いかけた、その時。
とん、とん。
扉を叩く音がした。