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魔法小路のただの茶屋  作者: ゆずはらしの
2.騎士がやって来た日。
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さらに、さらに、その店では。4

「弾かれたはずじゃのに、しつこいの。取り残しがあったのかえ?」



 ウィルフレッドの様子を見て、おばばが眉をしかめる。店主はそれに答えて言った。



「もともと、疲れておいでだったようです。そこに付け込まれました。糸は弾きましたが、痕が残った。時がたてば癒えたでしょうが……心が揺れた時に、それが前に出たのでしょう」


「で、釣りよろしく引っ張った、と。この騎士どのは、よほどあやつの好みじゃったと見える」


「俺から見ても、かっこいい人ですからね。どうします?」



 座るウィルフレッドの周囲で、三人がぼそぼそと話している。だからなんの話なんだ、と彼は思った。



「ま、あれじゃな。要は、こやつがとっとと帰れば問題ない。あれも、界を越えてまでは追えぬじゃろ」


「そうなると、最初の問題に戻っちゃいますけど」



 おばばの言葉にじんが言い、二人はウィルフレッドを見つめ、それからそろって店主に目をやった。



「だから、わたしに何を期待しているのですか、二人とも……」



 店主が、ため息混じりに言った。



「いやだって、俺らじゃ、どうにもならないし?」


「わしゃ、基本的に、『迷い客』に手出しはせんからの。向こうから絡んで来るなら別じゃが」



 二人の言葉にうーん、という顔をして、店主はウィルフレッドに目線を向けた。



「重要なのは結局、何を契約としたか、ですよね。それがわかれば、全て解決するのですが」



 それから店主は、ウィルフレッドに近寄った。



「騎士さま。少しは落ち着かれましたか?」


「ああ、まあ。急に冷えたな。夜だからか」



 三人の会話を何とはなしに聞いていたが、そう問われ、ウィルフレッドは答えた。



「どこか、体におかしな所はありませんか」


「今の所はない。案じるな」



 そう言うと、店主は小さく微笑んだ。ウィルフレッドの前まで来ると膝をつき、下から彼を見上げるようにする。真面目な顔で、店主は言った。



「騎士さま。わたしたちの会話の意味がわからず、いらだちを覚えておいででしょう。ですが、これだけは信じて欲しいのです。


 わたしたちは、あなたの身を案じております。ご無事で家路につかれれば良いと、三人ともに願っております」


「そうか」



 一泊置いてから、ウィルフレッドはそう答えた。店主の目は真剣で、その言葉に偽りがあるようには思えなかった。


 何か言わねば、と思った。



「見ず知らずの者相手に、感謝する」



 考えたが、言葉は何も出てこず。言われたことに対する感謝の言葉のみを口にした。けれど、店主には、それでも十分だったらしい。微笑んだ。



「いいえ。これが、わたしの役目。迷われた方に、その方が自分自身で道を見いだすまで、落ち着く場所を提供するのが」



 店主は続けた。



「わたしにできるのは、それだけ。指し示す権限も、導く力もありません。運命さだめを歪めてはならないのです。


 その方が歩む道は、その方のもの。見いだすのも、歩むのも、その方がなさねばならぬことだから」


「決まりを破る者は多いがの。力に溺れた阿呆どもは、他者の道筋を歪めることで、己の力を誇示しよる」



 ぼそりとおばばが言った。



「賢者のようなことを言うな、そなたら」



 店主を見、おばばを見てから、ウィルフレッドは言った。わけがわからないが、重要な事を言われている気がした。



「われらの知恵など、愚者と紙一重。したが、それを自覚しておることに意味があっての」



 おばばが言った。



「意味?」


「おうよ。自覚のないものは、愚かに愚かを重ねよる。実に見苦しい。醜悪じゃ。醜悪すぎて、いっそ哀れになるわい」




がたがたがたっ。




 不意に、扉が揺れた。風か、とウィルフレッドは思った。


 揺れていた扉は、すぐに静まった。


 じんが苦々しげに顔をゆがめる。おばばが、はっ、と呆れたように息をついた。



「待ち構えておるのう」



 何がだ、とウィルフレッドは思った。獣の気配でもしているのか?



「出た途端につかまりそうだ。これじゃ、騎士さまを外に出せませんよ」



 じんが言った。なんだって?



「出なければ良かろう。道を見つけさえすれば、邪魔はできん」



 おばばが答える。じんは肩をすくめた。



「でも、すごい執念だ。どうしようかな。俺、逃げても良いですか? あ、でも、逃げても……、


 おばばさま。俺、大丈夫ですかね? このあと、帰らないとなんですよ。パンの仕込みがあるんで。ここから出た途端に食いつきにくるとか、ないですよね?」



 どうもこの青年は、このあと、夜道を行かねばならないらしい。



「おまえさんはおまえさんの、別の契約の元におるじゃろう。先の契約が、全てに優先する」



 契約?



「安全ってわけですか?」



 なぜ、契約が安全につながる?



「さてな。契約は結べはせんが、嫌がらせぐらいはできるじゃろうからのう。命は大丈夫じゃろうが、腕一本ぐらいは持っていかれるやもしれんのう。ひっひっひ」


「安心できる言葉を、ありがとうございます。パン職人が腕やられるなんて、どうすんですよ……」



 おばばが笑い、じんが肩を落とした。ウィルフレッドは混乱した。


 会話の意味が、わからん。




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