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魔法小路のただの茶屋  作者: ゆずはらしの
2.騎士がやって来た日。
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さらに、さらに、その店では。3

「ああ、いや、何でも……あー。その。妙な、会話だと思ってな。まるで、自分たちが人ではないかのような言い方をする」



 咄嗟に出たのは、その言葉だった。今は旅先で、自分は一人だが。それでも自分は、ミストレイクの騎士だ。騎士として、主君の悪口になりかねない言葉は吐けない。


 取り繕った言葉だったのだが、実際に、そう思っていたのも事実である。ウィルフレッドがそう言うと、ああ、と言って店主はうなずいた。



「いろいろとありましたから」


「いろいろ、か?」


「ここにやって来る方々は、誰しもが、礼儀正しいという訳ではございませんので」



 この言葉にウィルフレッドは、得心してうなずいた。下衆なやからはどこにでもいるものだ。命を助けた相手に対して、強盗まがいのことを平気でする者もいる。


 この家は、建物自体も立派なものだ。家具もていねいに磨かれ、美しい。裕福な暮らしをしている、そう見える。そういう家に、女や、若い男しかいないとなれば……、力に任せて略奪を働こうとする者もいただろう。



「そうか。店主ミストレス、こう言ってはなんだが……、家人はこれだけか? 身を護る者たちを雇ってはどうか」



 若いと見える女たちに心配になり、ウィルフレッドが言うと、店主は微笑んだ。



「ご心配くださって、ありがとうございます。大丈夫です。ここを護るものたちなら、既におりますので」



 ウィルフレッドはこの言葉を、姿は見えないが、他に男が一人か二人、住み込みで働いているのだろう、と解釈した。下働きも兼ねて雇われる、そこそこ腕のたつ、用心棒代わりになるような男だ。裕福な商人の家や、大きな農家などでは、そうした男たちを住まわせて、家を守らせる。


 ただ、そういう男たちは、誠実さを軽視する者もいる。主人が女性である場合、抑えるのがむずかしい。侮られるのだ。家を狼から守ろうとして、逆に狼を引き込んでしまい、内側から荒らされる、という話になりかねない。



「店主どの(ミストレス)には、夫はおられるのか。失礼だが、女性の身では……男たちを御するのはむずかしいのではないか」



 心配になってしまい、そう言うと、店主は小さく微笑んだ。



「ありがとうございます……」


「ほう、ほう。ひっひひ」



 そこで、妙な含み笑いが聞こえた。



「おばばさま?」


「おばばさま……」



 店主とじんが、妙な笑い声を上げる女性に目をやる。おばばは、にやにやしながらウィルフレッドを見ていた。



「さても、さても。礼儀正しく、心正しい騎士さまじゃな?」



 くっく、と笑いながら、おばばは乱暴な手つきで椅子を引くと、どかり、と腰かけた。



「己が足元も危ういと言うに。若いおなごの心配かえ。騎士のかがみじゃの」



 言葉には、どこか嘲るような響きがあった。じんが、困ったような顔になる。



「おばばさま」


「わしゃ、間違った事は言っておらんぞ、ただの茶屋の」



 店主がたしなめるように名を呼ぶと、おばばは、ふんと鼻を鳴らした。



「目の見えぬ輩に何を言おうと、見ようともしないものじゃ。じゃと言うに、そやつらはこう言いおる。『なんと危ういことか。おまえの足元に気をつけろ』とな。


 愚かも愚か。崖っぷちに立ちながら、おまえは道を間違えておるぞと、助言するのじゃからのう」


「誰しも、己自身の姿は見えぬもの。そのゆえに、人は互いに助け合うのではありませんか?」



 穏やかといえる口調で店主が言うと、おばばは、はっ、と声を上げて笑った。



「目の見えぬ者が互いに手を引き合うても、道をはずれるばかりじゃ。しまいには、崖から落ちて終わりじゃわ」



 そう言うと、おばばは笑みを消した。行儀悪く足を組み、膝に肘をついて、頬杖をつくような格好になる。



「ただの茶屋の。おまえさんは、青い。青いからこそ、このような店を開こうなどと考える。わしゃ、その辺りは気に入っておるよ。


 したがのう。愚かさをそのまま許すのは、この男の為にもなるまい。


 言うてやれば良いのじゃ」


「なんの話だ」



 どうも、自分は嘲られているらしい。そう思いつつウィルフレッドが言うと、おばばは片手で、自分の髪をぐしゃぐしゃとかきまぜるようにした。



「これじゃ。この男、自分の腕一本を頼りにして生きてきた、そういう男じゃろ。目の前にあるものが、何であるかすらわからんのに、全てが自分の意志のもと、動くものじゃと思うておるわ。


 言うてやれ、ただの茶屋の。おまえさんの気遣いは、尊重されるべきものじゃがな。こういう男には、まるっきり通じやせん」


「だから、なんの話だ」



 いらだった様子のおばばに、ウィルフレッドもまた、いらだちを感じつつ言った。きつい目線を投げかける。



「わかってもらおうと思って、気遣うわけではありませんよ、おばばさま。わたしがそうしたいから、そうするだけのこと」



 おばばに向かって静かにそう言ってから、店主は騎士の方を向いた。



「騎士さま。席にお戻り下さい」


「いや、俺は」


「外は、闇が支配しておりますよ」



 店主の言葉に、ウィルフレッドははた、となった。そうだ。ここに来るまでに、随分とかかった。日が暮れて寒くなり、歩くことすら困難になるほど、ひどく疲れ果てて……。


 疲れ、果てて。


 不意に、体が冷えた気がした。疲れが、じわじわと体の芯から滲み出る。頭が重い。体が重い。全てが、億劫になってゆく。



「火の側に、どうぞ。温まりますから」



 そこで何かが腕に触れ、はっ、となる。店主が、ウィルフレッドの腕に手を置いていた。こちらを案じるかのような顔で、自分を見上げている。


 ぼんやりとしていた意識が、はっきりとなる。



「ああ、……火の、そば?」



 今、俺は何をしていた? そう思って頭を振る。おかしい。俺は何を考えていた?



「体が冷えておいでです。こちらへ。じん、椅子を暖炉の近くに……まだ呼ばれている」


「えっ、うえっ、大変……こっちです! こっち!」



 店主の言葉に慌てた様子で、青年が、暖炉の側に椅子を近づけた。古びた暖炉の中には、温かな炎がゆらめいている。


 渇いた木が、ぱちぱちと爆ぜる音。やってくる熱が、体を温める。


 くべられた薪の中に、松か、もみがあるのだろうか。炎は時折、緑色にかがやいて、涼やかな香りを漂わせた。


 勧められた椅子に腰かける。そこは、ほっとする穏やかさのある場所でもあった。


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