さらに、さらに、その店では。2
「そうとも。魔女なんぞ、迷惑極まりない。吟遊詩人並に迷惑だ」
今も各地で歌われている、自分を主人公にした妙な歌を思い出し、ウィルフレッドは眉間にしわを寄せた。そういう歌を歌っている詩人が目に入り次第、尻を蹴飛ばして追い払って来たが。
やめさせてもやめさせても、妙な歌はなくならない。
「吟遊詩人?」
その言葉に、店主を含めた三名は首をかしげた。なぜそこで、吟遊詩人。苦虫をかみつぶしたかのような表情で、ウィルフレッドは答えた。
「ないことないこと歌い踊って、ろくでもない話を蔓延させる。あやつらは、魔女なみに迷惑な人種だ」
「え。なんか、変なうわさでも流されたんですか」
思わずというふうに、じんが言うのに、騎士は答えた。
「俺は妙な叫びをあげながら、飛んだり跳ねたりする男なのだそうだ」
なんだ、それは。
三人は、思わずウィルフレッドを見つめた。
「ええ? なんですか、それ。飛んだり跳ねたり? 妙な叫びって」
「言っておくが、俺は、断じて、そんな事は、して、おらん」
じんの言葉に、歯を食いしばるようにして答えると、おばばが尋ねてきた。
「おまえさん、詩人に恨まれでもしとるのか」
「俺の方が恨みこそすれ、あやつらに恨まれる筋合いはない」
「それはそれで、どうかと思うがのう。それにしても、なんでまた、そんな話に」
「知らん。俺がやったのは、盗賊を撃退したり、部下を鍛えたりしただけだ」
「なんでまた、それがそんな話に」
「俺こそが聞きたい」
おばばも、じんも、首をひねった。騎士の言葉に嘘はなさそうだ。だとしたら、盗賊を撃退したり、部下を鍛えるだけの話が、どうして叫びながら飛び跳ねる話になるのだろう。
「世の中は、不思議でいっぱいですね」
「そうじゃのう」
とりあえず、二人はそう言った。
「音楽は、魔法と強く結びつくものですが……そういう話でもなさそうですね」
一連の会話を黙って聞いていた店主が、そこで苦笑気味に言った。
「こうして見ていても、わかります。騎士さまは、とても生命力にあふれている。人々が、思わず姿を目で追ってしまうほどに。
そんな騎士さまの物語なら、誰であれ、聞きたいと思うでしょう。
詩人たちは、だから。騎士さまを題材にして物語を作り、それで日銭を稼いだのではないでしょうか。聞きかじった小さな出来事を、できるかぎり大きく広げ、飾りたてて」
「ああ、小遣い稼ぎに話を作って、吹聴して回ったんですね。まあ、衝撃的な話の方が人は聞きますし……」
「人の世では、荒唐無稽な話ほど、信じられたりするものじゃしな。しかし、なんで飛び跳ねて叫ぶ……?」
じんが言い、おばばが言った。
「俺が叫びながら飛び跳ねる事のどこが、聞きたい話になるのかわからん」
ぼそりと言ってから、ウィルフレッドは息をつき、紅に視線を戻した。
「それで、店主。この話は、どこに行き着くのか」
「ああ、申し訳ありません。騎士さまが、どのような方なのかを少し知りたく思いまして。しかし、困りました……」
店主は、どうしたものかという顔をした。
この騎士の言葉から推測するに、彼は基本、魔法や魔法に関したことを、詐欺や、戯言に類するものとして認識しているらしい。どちらかと言うと、科学の発達した時代の人間の感覚に近いように思われる。
となると、どのように話を持って行けば良いのか……。
一方、思わず、というふうに漏らした店主の言葉に、じんとおばばは顔を見合わせていた。
「あ~……困りますかね?」
「魔法も音楽も嫌いときては、わしらの言葉をどこまで聞いてくれるか、わからんからの」
「ああ。やっぱ、嫌ってますか?」
「この反応を見ればな。こういう御仁は嫌うあまりに、聞く耳を持たぬという事になりかねん。ま、あっさり信じるよりは良いやもしれぬが」
「あれ? あっさり信じたら、まずいんですか」
「それはそれで、問題があってのう。妙に依存してきよる者もいる。
そういう者はどうかすると、わしらが何か、万能かのように思いおる。そうして何かあれば、なぜ自分を助けないのかと、口をきわめてののしりおる。
それが人とは言え。対価もなしに利用しようとは、性根が醜いにもほどがあるじゃろ」
「そうですねえ」
二人してうんうんとうなずきながら、話している。
ちなみに声をひそめるという事もないので、まるまる全部、ウィルフレッドの耳に入っている。ミストレイクの騎士は、二人の会話を耳にして眉をひそめていた。なんだ、この会話は。
(まるで、自分たちが人間ではないかのような言い方をする……)。
これは、あれか。あれなのか。
(ロード・アランの、『ロマンの指導』によるものか……!? どこまで領民に迷惑を!)
眉間のしわが深くなった。ロマンはもう良い。魔法も音楽もどうでも良い。とっとと帰って、クサレ領主に剣の稽古をつけてやりたい。三日ぐらい、不眠不休で。全力で。そうとも、全力で!
泣いても、やめてやらん!
「あの……騎士さま。何か、お気に触りましたか」
そう思っていたら、自分で思う以上に不機嫌な顔になっていたらしい。店主にそう尋ねられた。はたとなり、ウィルフレッドは店主に意識を戻した。表情をどうにか普通に戻し、咳払いをする。