表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔法小路のただの茶屋  作者: ゆずはらしの
2.騎士がやって来た日。
58/79

さらに、その店では。4

あげた後に、1ページ分、抜けていたことに気づいて修正しました。すみませんでした<(_ _)>


 驚いているウィルフレッドの前で、彼を置いてきぼりにして、会話は続いた。



「そうじゃろな。あの御仁のは、医食同源の思想じゃわ。で、紅どのは、その本を持っておるのか」


「一冊、いただきました。信頼のおける修道女たちに頼んで、わざわざ写本して下さったのです」


「適当な写しをして、誤字脱字だらけの本を作る者もおるからのう。図書館ライブラリ関係の者の愚痴を聞いた事があるぞい」



 蔵書部屋ライブラリだと?


 そんなものが持てるのは、相当に裕福な貴族か、大きな修道院ぐらいだ。一冊の本を作るのに、羊が何百頭も必要になる上、文字を写す技術を持つ者、絵を描く才能を持つ者を集める必要もある。


 書物は、それほど高価なものなのだから。


 麻布のぼろを固めたものに文字を記す事もあるが、羊皮紙と比べると持ちが悪く、どうかするとカビが生える。


 それでも羊皮紙よりは安いので、庶民向けの読み物に使われることもあるが、そんなものが作られるのもミストレイクぐらいで、よその領では、ほとんど出回っていない。


 こやつら、実は修道院関係の者であったりするのか? いやしかし。


 おばばの剥き出しの足や、短く切った髪の毛に目をやり、ウィルフレッドは首を振った。こんな格好の女を迎え入れる修道院など、あり得ない。



 おばばが、むう、とうなった。



「では、なんなのじゃ」


「ひょっとして、奈良漬けのお茶漬けを食べてみたかったとか……?」


「あれは、おばばさまと出会ってから渡されたものですよ。ここに来るきっかけではないでしょう」


「いや、万が一という事もある」



 三人はわけのわからない会話を続けている。ウィルフレッドは咳払いをした。



「先程から、そのほうらの言っていることが、さっぱりわからないのだが」



 そう言うと、三人は言葉を止め、互いに目線を交わした。どうする? と言いたげに。



「教えた方が、良いのじゃないですかね」



 じんが言った。



「ここの事をか? それとも、この御仁の現状をか?」



 おばばが言う。



「意外と、こういう時代の人の方が柔軟ですよ。科学の時代の人よりも」


「そうじゃろな。『これは魔法』で全てが片づく。電子機器の時代の御仁はその辺り、あれこれと理屈をこねて、目の前のことを見んからのう」



 それから二人は、何か期待するかのような視線を店主に向けた。



「で、わたしですか……」



 店主が苦笑気味に言うと、おばばとじんは、



「ここはやはり、この店のあるじが説明すべきじゃろ」


「俺たちは単に、立ち会ってるだけですし」



 と、口々に言った。店主はあきらめたような顔でうなずくと、ウィルフレッドの方に向き直る。



「騎士さま。その……、非常に申し上げにくいのですが」



 辛抱強く待っていたウィルフレッドは、店主の言葉に、なんだという顔をした。



「騎士さまの周囲で、魔法やそれに関した物語が語られたことはございますでしょうか?」


「炉端語りのようなものか? あるぞ」



 領主からも、良く聞いている。妖精だの魔女だの。


 目を輝かせた領主の口からそういう単語が出てきた場合、大体、ろくな事がないのだが。



「それで、その……騎士さまは、そうした物語をどうお考えでしょうか」


「どうとは?」


「好意的に見られておいででしょうか。興味がおあり……、」


「ないな」



 即答。


 据わった目で断言した騎士に、店主は絶句した。



「魔法も妖精もロマンも、どうでも良い。と言うか、お腹いっぱいだ。聞きたくもないし、関わりたくもない」


「そうですか……」



 どうしよう、という顔をしてから、店主は困ったように相槌を打った。



「科学の時代の人のようじゃの」


「と言うか、何かトラウマがある感じに見えますが」



 ひそひそ、とおばばとじんが話し合っている。



「それでも、聞いていただかなければなりません。騎士さまには、ここに来られた理由があるはずですので」



 静かに言う店主に、ウィルフレッドは眉を上げた。理由?



「理由と言うなら、迷ったからだろう」



 この店に入った時の自分の説明を思い出しながら、ウィルフレッドは言った。



「疲れておったのじゃろ? 空腹で」



 おばばが声をかける。



「その辺りだと、見当つけたんですけどねえ」



 じんが首をひねっている。



「騎士さま。迷われた方は、どこかにはたどり着くのです。そういうものです。そうしてここは、そのようにして迷われた方がたどりつく場所の一つです」



 言葉を選びながらという感じで、店主が言った。



「迷った者がたどり着く? 何かの伝承のようだな」


「そう取っていただいても構いません。騎士さまの場合は、おばばさまの導きもありましたので、ここに来る事ができました。とても幸運な事でした」


「幸運?」


「ここでは、その方の持つ願いにしたがって道が開かれ、扉が現れます。どれを選ぶかは、その方に任される。


 そうした願いをうまく操り、逆手に取って、一方的な契約を結ぼうとする者もおります。迷われた方には、とても不利な条件で」


「なんとも悪どい商人だな。しかし、そうした事情が俺と何の関わりがある?」



 店主が何を言いたいのかわからず、しごく真面目にウィルフレッドは言った。



「契約が完了しなければ、ここから出ることはかなわないのです」



 店主が答えた。



「おかしな事を言う。わが国は、無法な国ではないぞ。誰であれ、自由な身分の者ならば、好きな所に行けるものではないか?」



 ウィルフレッドが言うと、店主は「ここでは違います」と答えた。



「騎士さまの国では、騎士さまは好きな時に、好きな場所に行くことができるでしょう。けれど、ここでは、そうではありません。


 ここは、騎士さまの世界とは違うところ。ここではここの法があり、それは、やってくる方の常識や、その方の知る法の全てに優先します。


 騎士さまは、自身の願いにより道を開き、迷いこまれてしまわれた」


「まるで、ここがこの世ではないような口ぶりだな」



 店主はうなずいた。



「はい。ある意味では。


 騎士さまには、ここは、世界と世界の間に生まれた、半分だけがこの世と呼べる場所、と考えていただくのが良いと思います」


「なんだ、それは。まやかしか何かのような」



 思わず眉をしかめると、店主は答えた。



「そうとも言えるでしょう。ここは、魔法小路ですから」


とうとう言いました。紅さん。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ