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魔法小路のただの茶屋  作者: ゆずはらしの
2.騎士がやって来た日。
54/79

その店の中では。4

「第一、こやつは、わしが招いたわけではないぞ。勝手に迷い込んで来たのじゃ」


「そうなのですか?」



 男装の女性が目を丸くした。ウィルフレッドの方に向き直る。



「では、騎士さまには何があって、この場所へ。あなたのような方は普通、ここには縁遠く過ごされるものなのに」



 しかしウィルフレッドには、彼らの話す事の全てが意味不明だった。



「悪いが。先ほどからそのほうらが何を話しているのか、さっぱりわからん」



 自分が話題になっていると言うのに何を言われているのか理解できず、結果、彼はいらつき始めていた。眉間に皺を寄せ、うなるように言うと、青年が、あれ、と声を上げた。



「ひょっとして、ここがどこか、まだわからないままなんですか?」



 この言葉に、ウィルフレッドはむっとした。何を、人を幼児か何かのように!



「領内である事はわかっている。道には迷ったが、朝になれば職人の村への道もわかるだろう。

 しかし、先ほどの廃村と言い、この家やそなたらと言い。わが君の悪ふざけによる新たな試練なのか、これは?」



 むっつりとして言うと、青年と男装の女性はきょとんとした顔になった。



「わが君?」


「試練?」


「あ~、どうも、そやつの主は性格に問題のある御仁のようでな。苦労しておるらしい」



 そこで青い衣の女が言い、ウィルフレッドは思わず「その通り!」と力強く同意しそうになったが、抑えた。



「あー、まあ、それはともかく。ええと、領内ってことは……わかってないんですね」



 青年が困ったような顔で言った。



「騎士さまには、どちらに向かわれるおつもりでしたか?」



 男装の女性が静かに尋ねる。彼女の穏やかな、落ち着いた声音に、むっとしかけていたウィルフレッドは自分を抑えて答えた。



「職人村だ。この近くに、大青染めの親方の工房があるだろう? そこを訪ねたのだが、途中で日が暮れた。

 暗い中を歩いている内に、どうも道を間違えたらしい。行きに見た景色とはまるで違う場所を歩いていた。

 俺は、この辺りの事は良く知らないのでな……」


「染めの職人……」



 何か思案げな顔で、男装の女性がつぶやく。



「その途中で、この、ナラズッケ? をそこにいる、その、『おばば』とやらから手に入れたのだが。

 妙な村だったな、あれは。あんな場所で、最初は廃村かと思ったが。必死になって手招きをする、哀れな女たちがいたぞ」


「哀れな女?」



 この言葉に青年が首をかしげる。すると、おばばと名乗る女が「騎士どのには、そう見えたんじゃろ」と言った。



「哀れと言うより、貪欲どんよくと言った方が良いモノたちなんじゃがなあ。見込み違いをやらかした割に、諦めは悪くてな。その根性は評価するが」


「そう責めてやるな。彼女たちも仕事だろう。俺にかまわず帰れと言っておいた」



 騎士の言葉に、青年は微妙な顔をした。



「帰れ、ですか」


「こやつ、三度も言っておったぞい」


「この人、強運なんですね……」


「それはあるかもしれんのう。あまりに面白かったので、つい手を貸してしもうたわ」



 ぼそぼそと話す二人の言葉の内容が、良くわからない。



「それで奈良漬け、ですか。騎士さまには、良く途中で捨てたりなさいませんでしたね。持っているのが辛かったのでは?」



 男装の女性が、気づかわしげに言う。



「ああ、まあ……確かにすごい匂いだが。主君に献上したくてな」



 これを是非、ロード・アランの鼻先に突き出したい。そんな思いで、つい持ってきてしまった。



「おお、主従の絆」


「確かに絆はありそうじゃな。なんか捩じ曲がっていそうじゃが」



 なぜかうれしげに青年が言い、おばばと名乗る女がぼそりと言った。



「ご主君に? その、ですが、匂いにお困りになるのでは……」



 ためらいがちに、男装の女性が言う。ウィルフレッドは力強く言った。



「否やは言わせん。わが君が泣こうがわめこうが、是非ともこの匂いを味わっていただく」


「……」

「……」

「……」



 全員が沈黙して、ウィルフレッドを見つめた。



「えー……しゅ、主従の、絆?」


「捩じ曲がっておるのう」


「こうまできっぱり言われると、止めた方が良いのかどうか、悩みますね……」



 三人三様の感想がもたらされる。



「そこの女がこれを食べ物だと言っていたが……そなたら、これが何か、知っているのか」



 ウィルフレッドが言うと、青年が、にこやかな顔で言った。



「知ってます。お茶漬けにすると美味しいんですよね~。あられを入れると更に!」


「おちゃ……づけ? あられ?」



 耳慣れない言葉に眉をしかめる。すると男装の女性が言った。



「ジン。騎士さまの国には、茶葉すらまだ伝わっていないのですよ」


「あっ、そうか……あー。えー? な、なんて言えば。この場合」



 男装の女性にたしなめられ(たしなめた言葉の意味も不明だったが)、青年は慌てたようにうなった。



「それは、ある種のピクルスです。酢ではなく、コメという植物からできる酒で漬けたものです。塩が使われているので、……麦のかゆ(ポリッジ)に入れると、塩味の、変わった味が楽しめます。

 ですが、初めて見る人には少し、匂いがつらいでしょう」



 女性が言った。ウィルフレッドはふむ、と言ってうなずいた。



「ピクルスか。なるほど。確かに、あれらには強烈な匂いのものもあるな……そこの女はこれを、菓子のようなもの、と言ったが」


「独特の甘みもありますので」


「そうなのか?」



 と、言うか。ここにいる、俺以外の全員が、これを喰ったことがあるのだな、とウィルフレッドは思った。


 色々な人間もいるものだ。



「まあ、匂いが強烈である事は確かだな……是非ともわが君の鼻先に突きつけたい。腹下しの薬を無理やり飲まされた、あの時の苦痛。俺は忘れてはおらん」


「どんな主従関係なんだ、この人ら」



 思わずと言うふうに、青年がつぶやいた。



「そうしておると、なんぞ、黒いものを背負っておるように見えるのう。いや、怖い怖い」



 おばばと名乗る女は、ひひひ、と笑うと楽しげにウィルフレッドを見つめた。



「であるのに、黒に染まりきらず、元に戻る。面白い男よの。暗い力に与しているのかと思えば、危うい所でするりと逃げおる。意識もせずにな。

 じゃが、この店の中にまで手を伸ばす、無粋な輩は感心せぬのう」


「まだ手を伸ばしていますか」



 おばばの言葉に、男装の女性が言う。



「糸をつけたんじゃろ。こやつが黒い思念を放つのを待っておるわ。それなら手出しができると考えたのじゃろ。

 紅どの。さっさと払ってしまわんか」


「その方が良さそうですね」



 紅と呼ばれた女性はうなずくと、すい、とウィルフレッドに近寄った。



「騎士さま、よろしいでしょうか」


「なんだ?」


「どうぞ戸口へ。埃を払います」



 うながされ、何となく釈然としないものを感じたが、家の女主人と言うものは、家の中に汚れを持ち込むことについて、厳しいものだ、と思い直した。母親もそうだった。

 奈良漬けを懐に仕舞い直すと、素直に戸口に戻る。



「ここで払えば良いのか?」


「失礼します」



 振り返ると、意外なほど近くに彼女がいた。なんだと思って身構える暇もなく、手が伸びてくる。



 ばちっ。



 火花が散った。ぎょっとしていると、紅と呼ばれた女性はウィルフレッドの肩口から少し浮いた辺りで、何かをつかむかのように、握り拳を作っていた。



「これはひどい」



 低くつぶやいた彼女は、すい、すい、と手を動かし、次々と何かを握りつぶすような仕種をした。そのあと、ウィルフレッドの体に軽く触れ、ぱっ、ぱっ、と埃を払いのける。



 ばちっ。びちちっ。ぱちっ。



 そのたびに、火花が散った。



「なんだ、これは」


「静電気……ああ。冬の寒い時期に、羊毛の服を重ね着すると、脱ぐ時にぱちぱち言いませんか?」


「目に見えない隣人がする悪さだろう」



 妖精を、妖精と口にしては、相手を呼び寄せてしまう。そういう時には『善き隣人』や『小さな人々』などと、言い換えるのが通例だった。

 ウィルフレッドがそういうと、なぜか女性は小さく笑った。



「そうですね。『目に見えない』、困った隣人です」



 ばちちっ!



 ぱっ、と肩を払われた時に、物凄い音がした。思わずたじろぐと、ばん! と音を立てて、背後で扉が開いた。飛び上がりそうになる。


 紅と呼ばれた女性はウィルフレッドの横を通り抜け、開いた扉に向かって何かを放り投げるような仕種をした。それから手を横に、縦に、宙を切るかのように真っ直ぐに、何度か素早く動かすと、ひょい、と指先で宙を押すようにし、


 扉を閉めた。





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