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魔法小路のただの茶屋  作者: ゆずはらしの
2.騎士がやって来た日。
49/79

●番外編 花粉症ですね。3

* * *



「ほわほわ~……」



 体がぽかぽかとして、温かい。

 店主が持ってきたバケツには、温かい湯が入っていた。塩も少し、入っているらしい。

 そうしてその湯には、ラベンダーとローズマリー、菩提樹の花や、セージを煮出した薬液も入っている。煮出したハーブの優しい香りが立ちのぼり、もうそれだけで幸せー、という気分になる。

 ティラミスは肩に大きめのバスタオルをかけてもらい、もう一度、お茶に浸したコットンを顔に乗せてもらっていた。


 ああもう、何でも良いや。幸せだから。


 そう思っていると、店主がひょい、と屈んだ。



「じゃ、ツボを押しますね」


「えわ? えう? あわわ?」



 ひょい、と素足を持ち上げられ、わきゃ~! と騒ぐ間もなく。



 ぐいぐいぐいぐい。



 押された。引っ張られた。また押された。



「えうあわえおわ? あわ……あ、あいたっ!」



 ぐい、と押された所が痛くて、悲鳴を上げる。



「あー、体の中身が弱ってますね。あ、力抜いて。はい、リラックス」


「えええええ」


「ほにゃーんとしてて下さい。体に力が入ってると、痛く感じるので」


「ほにゃーんとしてても、さっきのは痛かったですよう」



 涙目になって言うと、「体ががちがちになってるんですよ。少し、ほぐしておきましょうね」と言われた。

 それから、ぐいぐい、あちこち押された。最初は痛いと感じるところもあったのだが、押されているうちにだんだん、何だか気分が良くなってきた。


 あ、あれえ? なんだか、眠くなってきた??



「よいしょっ、と。本当は、男性に押してもらう方が良いんですがね。わたしの手では、力が入りきらないし」



 そう思っていると、店主が言った。



「男の人?」


「男性の手で、足を揉んでもらうと、かなり楽と言うか。体がほぐれますよ」


「いや、あたし、男の人にこんな足見せるとかちょっと恥ずかしいから! 紅さんに見せるのも恥ずかしかったんですよ、見せられないですよ!」



 思わずそう言うと、店主が笑った。



「それなら心を許せるパートナーを見つけて、揉んでもらっては?」


「えう?」


「恋人に揉んでもらうのも良いでしょう?」


「そんな人~……いません~」



 何だか気まずくて、うつむいて、小さな声で言った。店主が笑った。



「今はいなくても、何が起きるかわかりませんからね、人生は。七十歳を過ぎた女性が、十代の少年と恋に落ちることだってあるし」



 七十過ぎた女性と十代の少年?



「ええ!? マジ!?」



 思わず顔を上げて叫ぶ。



「マジ。二人とも真剣でした。幸せそうでしたよ?」



 懐かしいものを思い出すような眼差しをして、店主は小さく微笑んだ。



(知り合い? かなあ?)



 そんな店主を見て、ティラミスは思った。詳しく聞きたい。けれど。

 尋ねるのは、ためらわれた。



(『でした』って言った)



 ティラミスは思った。



(『過去形』、だった)



 懐かしいものを思い出すような、店主の表情にも。触れてはならない何かがあるような気がした。



「すごい人たちが、いたのね」



 だから、ただ、そう言った。店主はティラミスの方を向くと、「はい」と言ってうなずいた。



「周囲から、かなり反対されていました。でも、お互いに真剣でしたからね。

 七十代でも恋はできるし、十代でも真剣な恋はできます。

 共にいられる時間が短くとも、お互いに……相手を人間として尊重しあい、

 お互いの人生に深みと喜びをもたらすことはできる。わたしは、彼らを見て。彼らから、そう教わりました。


 ですから、本当に。何が起きても不思議ではないんですよ……あなたの人生にも」



 それから、店主は改めて、ティラミスの足を持ち上げた。



「と、言うことで。教えておきますね。覚えておいて、恋人ができた時にやってもらって下さい。もちろん、自分でもできますよ。

 花粉症に良いツボは、足に集中しています。

 まずは、足の指をこう……、一本ずつ、よくもみほぐして下さい。こうやって、一本ずつ引っ張って。揉んで」



 ぐいぐい。ぐいぐい。



「あ、あにゃ、はにゃ」


「鼻の通りを良くするツボは、足の親指にあります。引っ張ったり、爪の横を押したりして下さい。

 リンパの流れを良くするのに、ここを……、こう揉みます。上下にこすって。

 湧泉というツボが、ここ、土踏まずの辺りにあります。ここは、体力を上げるツボで。疲れた時にも、ここを揉むと効果的ですよ」



 ぐいぐい。ぐいぐい。



「は、はわわ、ひわわ」


「痛みを感じたのは、ここですね。足首の前の骨と、くるぶしの間のくぼみ。

 ここを揉んで、痛いと感じるのは、冷え性の人が多いんです。上下にこすって、……ゆっくり揉んで下さい。

 このあたり、足三里というツボがあります。ここも、血行を良くします。」



 ぐいぐい。ぐいぐい。



「ほ、ほにゃ、ひにゃ~~!」



 ちょっと、痛かった。



「で、でもなんだか気持ち良いと感じている自分がいる……」


「あはは。もう片方の足も揉みますから、寝ちゃって良いですよ」


「うう……、ね、寝ません! 寝ませ……、寝、」



 ぐう。



 ハーブの香りが心地よく、体も程よく温まり。気がつけば、ティラミスは寝こけていた。



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