●番外編 花粉症ですね。1
短く終わらせるつもりが、何だか長くなってしまいました……番外編です。
「ぶ、ぶぇにさあ~ん……」
くぐもった声がした。店主が振り返るとそこには、マスクで顔を半分以上隠しながら、鼻をぐしゅぐしゅいわせているティラミスがいた。
ちなみに涙目だ。
「ティラミスさん……?」
「うう、かゆ、顔がかゆい~、ぶ、ぶえっくしょ~い!」
意外と男らしいくしゃみをしてから、ティラミスはその場にへたり込んだ。
「ふひい、もお、もお、毎年こうなんだから。もおイヤ~~~!」
「花粉症ですね……」
みーみーと泣きながら、バッグの中のティッシュを探すティラミス。店主は困ったような顔をしてから、「とりあえず、席についてください」と言った。
* * *
「紅さんは、花粉症とかないの?」
ペパーミントとユーカリ、タイム、そしてスギナを混ぜたお茶をいれてもらったティラミスは、ゆっくりと湯気を吸い込み、ほーっと息をついてから尋ねた。
「そのお茶、香りがアロマテラピーになりますから、ゆっくり吸い込んでから飲んで下さいね。湯気は肌に当てて下さい。ペパーミントとユーカリは、ほてりを鎮めますから。
花粉症は、わたしも少しは出ますよ。くしゃみじゃなくて、頭痛として出るんですが」
「それもイヤね……ああ、そうだ。みゆたんも同じだった。頭痛とか吐き気がするって。そういう花粉症もあるんだーって思ったよ……」
「お友だちですか?」
「うん、会社の同僚なの。あたしはくしゃみとか、鼻水とかで、すんごーくみっともない状態になるでしょ。頭痛なら、まだマシかなあって思ってたんだけど……。
みゆたんは、みゆたんで、大変みたい。ずーっと頭に重しが乗ってる感じなんだって。ひどい時には、集中して考える事もできないし。
あと、頭痛だったら、見た目が花粉症ってわからないから。具合の悪い時にも、あんまり同情してもらえないんだって。あたしみたいにすぐ『花粉症』ってわかる方が、うらやましいって言われた」
「そうですね。頭痛だと、見た目は普通ですから……風邪と勘違いして、無理をする人もいますし。飲む薬を間違えたり。
わたしも最初は風邪だと思っていたので、使っていたハーブが違っていたんですよ」
「そうなの?」
「フィーバーフューというハーブがあって、これは偏頭痛に使われるんですが。頭痛のひどい時に飲んでいました。
花粉症だと、でも、違うんですよね。使うべき薬草が」
苦笑しながら言った店主は、小皿とコットンを持ってくると、ティラミスの前に置いた。
「なあに?」
「カップの中のお茶がさめてきたと思うので。小皿に少し移して、コットンを浸して下さい。はい。それぐらいで。
そのコットンを顔に当てて……鼻の周りとか、赤くなっていますから。ぱたぱたして下さい」
「うあ~……なんっか、キモチイイ……」
お茶はまだ温かかったが、小皿に移すとかなりぬるくなった。その液体を浸したコットンを肌に当てると、ペパーミントの効果でひんやりする。
「ミントは、鼻づまりした時に、鼻を通してくれますからね。むずむずするのを、抑えてもくれますし。
くしゃみや鼻のかみすぎで、ぎっくり腰になる人もいますから……こういうお茶を飲んだり、肌につけたりするのは良いと思いますよ」
「え、ぎっくり腰?」
「くしゃみをする時に、腹筋を使うでしょう。あれを何回もやっている内に、腰をやられるみたいです」
「はわ~……」
じゃあ、あたし、危ないんじゃない? と、鼻の頭にコットンを貼り付けたまま、ティラミスは思った。くしゃみを何とか、抑えるようにしないとなあ。
「お茶の方も、飲んで下さいね。少しはマシだと思います」
「あ、はい。ん? いつもよりなんだか、苦い、と言うか、味が濃い……?」
「薬湯の状態にしましたから。いつもより長く蒸らして、成分を出しています。その分、苦くなってしまったかもしれません」
「そうなの……ね、これって、花粉症に良いお茶? みゆたんにも、教えてあげたいんだけど」
「くしゃみが出たり、かゆくなる人には、良いと思いますよ。頭痛の人には、どうかな? スギナを入れたので、体力を回復するのには良いとは思いますが……」
店主が首をかしげる。
「うーん、もお、すぐにぱーっと効くようなお茶とかないの?」
「ありませんねえ」
苦笑して、店主は言った。
「すぐに効く、というのは、現代医学の抗生物質ですよ。原因を特定し、そこを集中的に叩く。
薬草を使った自然療法は、日常的に使うことで、体を全体的に整え、ゆっくりと回復させてゆきます。だから、効果が出るまで、時間がかかるんですよ。
ただ、病気と言えないような小さな不調には、自然療法の方が、体を楽にしたりしますね。
ずっと痒みが出るとか、だるいのが続くとかは、病気ではないけれど、あるとつらい不調です。
そういうものには抗生物質を使うより、日常的に食べたり飲んだりする、薬効のある野菜や果物や、薬草を使った方が、体も気分も楽になったりします」
「野菜?」
「花粉症を考えると、冬の間に体に溜めてしまった毒素が出きっていない状態で、体力が衰えた時に、出る事が多いでしょう?
解毒や体を浄化する作用のある野菜を食べて、体の中を綺麗にするのも大事です」
「デトックスってことよね。繊維の多いもの? ごぼうとか、筍かなあ」
「ツクシも良いですよ」
それじゃ、ごぼうのお味噌汁に、筍ごはんとか、してみようかなあ。とティラミスは考える。ツクシも摘みに行かないと。
「ツクシ、摘みに行くのなんて、子どものころにやったきりだわ。でもなんだか、ちょっと楽しみかも」
何となく楽しい気分になって、ティラミスは言った。土手にしがみついて、必死になってツクシを集めた事があったっけ。
たくさん摘んだのに、ゆがいたら、ちょっぴりになっちゃって。がっかりした。それでも自分で摘んできたツクシは、すごく美味しく感じたのを覚えている。
大きくなってから、店で売られているツクシを食べた事もある。でもその時は、なんだ、こんな味かと思った。
それなりに味付けがされていて、昔食べた、お母さんがゆがいてくれた、あのツクシより、きっと、ずっと、美味しい味だった。
けれど、あの時、必死になって集めたツクシの方が。ティラミスには今も、ごちそうだったと思えるのだ。
「ツクシの後に出るスギナは、体を回復させるハーブです。東洋でも、西洋でも、穏やかに体を強くする薬草として使われてきました。
大地はわたしたちに、たくさんの助けを与えてくれる」
静かに言う店主に、なんだか紅さんの言うことは、いつもどこかでちょっと不思議だなあ、とティラミスは思った。