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魔法小路のただの茶屋  作者: ゆずはらしの
2.騎士がやって来た日。
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家臣は新たなる奈良漬けにがっくし。6


「俺は騎士として、主君に忠誠を尽くすと誓った。その俺がなぜ、そんな事をせねばならん。確かにぶん殴りたくなる主君ではあるが、たまに尻を蹴っ飛ばしたり、殺意も抱きたくなる主君ではあるが、騎士の誓いを破ってまで、しようとは思わんぞ」



 いらだたしげに言うウィルフレッドに、黒衣の人物はくっく、と笑った。



ぬしは、まともじゃな。そも、なにゆえに、相手を殴ろうとせぬのじゃ」



 騎士は胸を張って言った。



「俺が殴らなくとも、奥方と侯弟どのが、殴ったり蹴ったりして下さっているからだ。だから、問題はない」



 黒衣の人物は、しばしの沈黙の後、ぶはっ、と噴き出した。



「ぐ、ぐはははは、お、奥方と弟に、大人しく殴られる主君かえ。それはまた、……度量の大きな男じゃのう。ぶふっ」



 ひとしきり笑った後、黒衣の人物はウィルフレッドの方を向いて首をかしげた。



「さて。では、一つ疑問が残るのう。なにゆえぬしは、ここに迷い込んだ」



 ウィルフレッドはこの言葉に、眉をひそめた。



「迷い込む?」

ぬしは知らんじゃろうが。ここへ来る者は、何らかの願いを抱くものなのじゃ。

 なぜと言われても困るのじゃが、……まあ、強い願いというものは往々にして、何かに向けて道を開くものじゃからの。それが良いか悪いかは別にして。

 先ほどのあれは、ぬしが怨みを抱いておると思い、わしもそうではないかと最初は思った。そういう者は、多いゆえな。

 己を滅ぼすほどの願いを抱く者というのは、わかりやすい。わかりやすく道を開き、相応しい扉の前に進み出て、差し伸べられた手を取る。そうして、わかりやすく滅びてゆく。それがここのことわりじゃ。

 したが、……ぬしは、どうにもまともな騎士どののようじゃ。そういう人物は、ここに来る事自体がまず、あり得ぬのじゃが」

「いったい、何の話だ」



 ウィルフレッドは相手を睨んだ。言っている事が良くわからない。



ことわりの話よ。ここのな」



 少し首をかしげてから、黒衣の人物はフードの下で、かすかに笑った。唇が吊り上がり、笑みの形を作る。しかし、どこか、自嘲気味なものにも見えた。



「ここはうたかたの場所。世界からこぼれおちた力が集まり、重なり合い、それによって生まれ、形作られた場所。

 泡のようなものじゃ。言ってみればな。世界と世界の合間に生まれた小さなあぶく。

 今はあるが、かつてもあり、おそらくは未来にもあるじゃろうが、同じぐらいもろく、消えうせ続ける場所でもある。

 ゆえに、理が何よりも優先されるのじゃ。世界を世界と認識し、固定させる碇のようなものとして、それはある。

 いかに優れた王であろうと、いかに強い騎士や勇者であろうと、そうして、いかに恐れられた魔女や魔法使いであろうと。ここでは理の元に集う、ただの客に過ぎん」

「意味がわからない」

「わからなくとも、そういうものじゃ。

 迷い客はな。理解せずとも良い。そういうものと思い、とっとと出ることじゃ。そうしてここでの事は忘れてしまえ。

 それがぬしの人生には、何よりのことぞ」



 迷い客とは、なんだ。ウィルフレッドは思ったが、相手は説明する気はないらしい。



「早く出ろと言われても、俺にはどうも、良くわからんのだが。ここを通り抜ければ、村に出るのか」

「いや。ぬしがここに来た目的を果たさぬ限りは、迷い続けることになる。そういう者もたまさか、いるが……」



 黒衣の人物はそこで、ウィルフレッドをじい、と見つめた。



「実直な騎士、という所じゃのう。妙なものに引っかかって、戻れなくなっては、わしも寝覚めが悪い。笑わせてくれた礼もあるしの」

「笑わせた?」

ぬしを引っかけようとしたのは、たちの悪い術師での。腹に据えかねる事も良くやってのける。

 あれにひと泡吹かせたのじゃ。わしからの好感度は上がるわな」



 ひひひ、と笑うと、通りの奥を手で示した。



「このまま進め。こんな場所でも、まともな者はいる。そういう者の一人が、この先におるでな」

「まとも?」

「ここではな。半ば狂うた者が住み着き、居を構え、店を開くのよ。力に飢え、力に魅せられたような、救いようのない者が。

 あの御仁も、酔狂であることは確かじゃ。この場所でまともな店を開こうなど、考えるだけでどこか狂うておるわ」

「どういうことだ」

ぬしにはあの者ぐらいがちょうど良かろう、ということじゃ。進むが良い。

 進まなくとも、わしとしてはどこも、何も痛まぬがな。助言はした。聞くも聞かぬも、ぬしの決める事じゃ」



 そう言うと、くるりと身を翻しかけ、ふと、立ち止まると戻ってきて、懐をごそごそと探り、小さな包みを取り出してきた。



「おお、そうじゃ。餞別せんべつに、これをやろう」

「なんだ?」



 用心しつつウィルフレッドは、その包みに目を落とした。



「はるか遠い国で食されている、菓子のようなものじゃな」

「菓子?」

「ふむ。嗜好品と言えば良いかの。ハマると癖になるのじゃ」



 食べ物か。と思い、胡散臭く思いながら、ウィルフレッドは受け取った。かさかさとした固い感触の布に、眉を上げる。あの呪符の布地と感触が似ている。

 そうして用心深く手触りを確認し、匂いを嗅ごうと持ち上げ、

 のけぞった。



つ~~~~ん……。



 刺激のある匂いが、包みから漏れていた。この匂い。これは。



「腐っているぞ!?」

「馬鹿を言うでない。それはそういう匂いのする食べ物じゃ」

「こんなものを食したりできるのか!?」



 嘘だろう。だってこれは、

 あの、大青染めの工房の中に充満していた匂いに似ているではないか!



「だから、それはそういう物なのじゃ。美味いぞ?」

「嘘だ!」

「なんでわしが、嘘をつかねばならんのじゃ。確かに独特の匂いじゃが、酒のつまみに良いのじゃぞ、それは。わしゃ、良く一人で食っておる」


 この女、実は相当な実力者なのでは。


 悪臭漂う物体としか思えないそれを『食べる』と言い切った人物に、ウィルフレッドは恐ろしいものを見るような眼を向けた。



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