家臣は新たなる奈良漬けにがっくし。4
「……」
ウィルフレッドは、くねくねしている手を見下ろすと、咳払いをした。
それから、少し気まずげな顔をしてから視線をそらし、言った。
「ああ、まあ……このような場所では、ノミも多くいたりするものだからな。
気づいてやれず、悪かった。確か、ペニーロイヤルミントをいぶした煙が効果的だそうだ。試してみると良い」
ぴしり、と空気の凍りつく音が、どこかでした。
なんてことだろう。
彼はこの腕の媚態と精一杯の誘惑を、『ノミにたかられてかゆいから、もぞもぞしている』と判断したのである。
そうしてさらに、固まっている腕に向かって言った。
「そなたもいつまでも、このような所では苦痛だろう。もう帰ると良い。後は気にするな。無理を言う者がいれば、どうにかする」
まさかの三度目の『帰れ』発言。
ちなみにウィルフレッドは既に、レディ・アリシアに連絡してロード・アランにお灸を据える気満々である。実は今回に限っては濡れ衣の領主であったが、そんな事とは彼は知らない。
必ず叱りつけてやろうとの決意も新たに、きっぱりとそう言った。
『……』
腕がうなだれた。何か敗北感のようなものを漂わせていた。
それと同時に、ふっ、と灯が消える。
ばたり。
音を立て、窓が閉じられる。戸板が閉まる音。
ばたり。
ばた、ばたり。
ばた、ばたばた、ばたた……。
その音は周囲からも次々と響き、家々の窓が閉じられた。そうして灯が消えてゆく。
人の気配とざわめきも。
ばたり。
ばた、ばた……。
そうして、最後の音が消えた時。
集落は元通り、薄暗く、人気なく、生き物の気配らしき気配もない、寂れた静けさをまとう、空虚な場所となっていた。
ウィルフレッドは、周囲を見回すと息をついた。
「見事なものだ……」
これほど連携の取れた行動は、なかなかできる事ではない。旅芸人の一座が芝居をするのを見た事があるが、これほどではなかった。
「どれほど練習を重ねたのか」
これは是非領主に、多くの褒美を出させてやらねば。
感嘆の思いと共にそう考えていると、夕闇に沈むその場所に、笑い声が響いた。
女の声だ。
ウィルフレッドが振り向くと、少し離れた所に、人影があった。黒いフードつきのマントで、全身を覆っている。
笑っているのはその人物だ。声からして、若い女性だろう。しかし。
「ぐ、ぐふっ、ぐふふふっ、ひ、ひひひひひ~っ」
若い女性と言うのはもう少し、小鳥のような笑い声を上げるのではなかったか。
「ぐひっ、ひ、ひひひ、……うひひひひひ! 笑いがとまらんわい。ひ~っひっひっひ! 腹がよじれるっ! うひゃひゃひゃひゃ~っ」
「……」
体をくの字に曲げ、ひたすら笑っているその人物に、ウィルフレッドはどうしたものかと眉間にしわを寄せた。