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魔法小路のただの茶屋  作者: ゆずはらしの
2.騎士がやって来た日。
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家臣は新たなる奈良漬けにがっくし。1

ぱんぱかぱ~ん! 家臣は奈良漬けを手に入れた! ……がっくし。

いや、だから韻を踏んでます。それだけです。




 そこは、どこかの通りに見えた。


 暮れなずむ空と、押し寄せる夕闇の気配の中、建物がいくつも立ち並ぶ様は、何も知らずに通りかかれば、どこかの村だと思えただろう。しかし。



「あり得ない……」



 うめくように、ウィルフレッドは言った。青の村から大青の工房への道は、一本道だったはずだ。途中に、こんな集落などなかった。しかも。



かつ、



 長靴のかかとが硬い音を立てる。ウィルフレッドは足元をまじまじと見つめた。

 石畳。

 土を踏み固めた道ではなく、石を敷きつめた道が、建物の間を通って伸びている。それも、かなり立派なものだ。


 はるかな昔、力ある帝国の威光が世界を照らしていたころには、物資や兵士の輸送に使う馬車や荷車のために、石を敷きつめた道が、あちこちに作られていた。

 しかし帝国が去ってから後は、道に石を敷きつめるなどという贅沢を行えるのは、都か、よほど財力のある貴族の街のみだ。

 石畳の道は、一度作れば、後は放っておいて良いものではない。きちんと手入れをせねば、ひび割れや雑草で、やがて駄目になってゆく。その手入れにかかる手間と、手入れをする人間へ支払う賃金その他などが、ずっとかかり続ける。

 国王のお膝元である都や、有力な貴族の住む街であればいざしらず、辺境の領地、それも職人の住む村に石畳の道が通っているなど、他領より一線を画すミストレイクと言えど、考えられる事ではなかった。

 しかし、道はウィルフレッドの足元から石畳に変わり、そして前方に伸びている。

 ウィルフレッドは用心深く周囲を伺いつつ、一歩、踏み出した。



かつ、かつっ、



 土を踏み固めた道とは違う感触が、足裏から伝わってくる。この感じは慣れない、と思い、道の両側に建つ家屋に目をやった。

 人の気配がない。

 家屋が並び、立派な道が通っているのに、その集落は無人であるかのようだった。

 人間が生活するのであれば、何らかの気配が必ずある。人々の声、家畜の鳴き声、糞尿の匂い、煮炊きをするかまどの煙などが、どこかしら、あるものだ。

 しかし、ここにそうしたものは皆無だった。通りはただただ、静まり返っている。


 廃村、という言葉がウィルフレッドの脳裏を掠めた。


 少し離れて建つ家屋の間をゆっくりと歩き、いくらもたたない内にウィルフレッドは、その集落の中心らしい場所に出た。立ち止まる。

 少し広くなっているそこから、周囲を見回す。

 静かだった。

 もう薄暗くなっているので、建物は、ほとんどが影に沈んでいた。細部は良くわからない。

 しかし、この辺りの職人村で良くある類の家屋とは、どこか違っているように見える。

 石を積んだ土台に、土と漆喰を固めた壁。藁で葺かれた屋根。

 いずれも平屋で、古びている。

 良く見かけるたぐいの建物であるはずなのに、と思いつつ、しげしげと一つの家を見つめ、むう、とうなった。



「立派すぎる」



 この辺りの職人村で見かけるたぐいの家屋に、似てはいた。

 しかし、壁の漆喰はなめらかに過ぎ、柱は真っ直ぐに過ぎ、土台の石も整然とし過ぎている。

 そうしてそのゆえに、建物はいずれも、どこかいびつだった。

 城や貴族の館を作る為の最高級の材料を使い、わざわざ村の建物を作っているかのようだ。また、古びた窓や扉、雑草の生えた屋根などが、建てられてからの歳月を示しているが、たわみもしない柱、歪みもしない壁があるがゆえに、それらは余計、ちぐはぐな印象を与えた。

 まるで、建物の一部だけに時が流れたか、あるいは古びた建物だと見せかけるために、わざと汚したかのように見えるのだ。


 だが、何のためにそのような事をする?



「あれか。わが君マイ・ロードのように妙なロマンを追求するどこかの貴族が、酔狂をこじらせてやったのか」



 しばらく建物を見ていたが、不意にそう思い当たり、ウィルフレッドは顔をしかめた。

 酔狂な貴族は、どこにでもいる。ロード・アラン・ミストレイクのような酔狂な貴族も、一人だけではない。おそらくは、他にもいる。

 そういう貴族が、癇の虫を起こしたかどうかして、いきなり『村作るぞ~ロマンだ~』みたいな事を言い出したのかもしれない。

 きっとそうだ。そうに違いない。



「おのれ、自称ロマンチスト……」



 こっちはあちこち駆けずり回り、臭い匂いに頭痛を起こしそうになっていたのに、とウィルフレッドは思った。



(ロマンだ何だと言ってさえいれば、何しても良いとか思っていないか。思っているだろう。ああ、思っているんだ。そうでなければ、こんな大がかりな道やら家やら、ぽんぽん作れるはずがない!)



 今までの主君の所業を思い出し、何やらむかむかしてきたウィルフレッドの周囲に殺気が生じ始める。



(どれだけ迷惑かけるんだ。石を運ぶ石工も、建物を建てる大工も、暇じゃないんだぞ。こんなに石を敷きつめて、この後どうするんだ。放置か? これだけ作っておいて放置か? 

 建物もどうするんだ。村と工房のど真ん中だぞ。誰が管理するんだ。村人か? 村人にやらせるのか?


 職人村の人間は、その名の通り職人なんだ。毎日機織りをしているんだ。毎日染めをしているんだ。こんな場所にある家やら道やらの管理のために、毎日ここまで来て、また村に帰って仕事するなんて、

 そんな時間あるわけないだろう!


 お偉い方々は言いっぱなしで、後はさっさと立ち去るが、残される村人は困るんだ。下手な所に家があったら、盗賊のねぐらになるだろうが。村に被害が出るんだ、そうなったら! 

 討伐に向かう騎士も、不死身じゃないんだぞ。矢を射られれば傷つくし、斬りつけられてもやっぱり傷つく。下手すれば死ぬ。

 なのに立てこもりやすい、あっちに有利な場所をわざわざ作ってやるって、どういう事だ。何でもかんでも、作りゃあ良いってものじゃないんだぞ!)



 無表情に、しかし内心で罵倒しまくるウィルフレッド。鬼気せまる気配が、騎士を中心に渦巻いていた。


 その時、近くの家の窓が、がたり、という音を立てた。閉じられていた戸板が上げられ、中からゆうらりと光が漏れる。



がたり。


がた、がたり。



 それと共に一斉に、周辺の家屋全ての窓が開いた。ぽっ、ぽっ、と灯がともり、家々の中から光が漏れだす。

 人の気配とざわめきが、その場に現れた。どこからか微かに、音楽まで響いてくる。


 集落は、きらきらしく輝く灯と、ざわめく人の声で一杯になった。それはまるで、作りものだった村に、突然に命が吹き込まれたかのようだった。



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