恰幅は慌しく何だかごつし。2
この毛織物が出来上がるまでには、何代もの領主が試行錯誤を繰り返した。
質の良い羊毛を作り出すため、毛艶のよい羊を交配させ、
機織りの技術を織り職人に磨かせ、
染色の職人についても、便宜を図り、
都の貴婦人や、王家の姫君たちのドレスに仕立ててもらい、身に付けてもらって付加価値を出し。
そうしてミストレイクの毛織物は、広く知られるようになっていった。
中でも領主一族が苦慮したのは、ギルドへの対応だった。
染色の職人は、色ごとにギルドが決められ、他のギルドとの交流は、原則として認められないのが暗黙の了解となっている。
自身のギルド内での知識は他のギルドには漏らさないことが、それにより、義務付けられる形になっていた。しかしそれでは、新しい毛織物を阻む枷となる。何代か前の領主はそう判断し、
染色の知識と技術の、ある程度の交流を図った。
王国全土にも名が轟くような特産品を作ろうと思うなら、経験と知識、忍耐の他に、柔軟さもまた必要であろうとの、判断によるものであった。
* * *
ウィルフレッドは、ベンの工房を辞した後、宿を取っておくようにマークに命じ、先に村に帰らせた。
工房に近い村は、青の村と呼ばれている。織り物の職人が住む村でもあった。村とは言っても、規模はかなり大きい。
織り物職人の事情から、染めの職人は村の中に居を構える事が多かった。しかし大青の工房は、悪臭などの理由から、村から離れた場所にあった。
匂いの衝撃がまだ残っていたので、少しこの辺りで休んでから行く、と言うと、マークは同情の眼差しを注いでから、うまい飯がもらえる場所を見つけておきますよ、と言って村に向かった。
宿があれば良いが、なければ誰か、村人と交渉して家に泊めてもらう事になる。どこの女房の料理がうまいのかは、重要な問題になるだろう。
しばらく休んでいると、匂いから来る頭痛も薄れた。ぼんやりと木々の緑を眺めていたが、そろそろ行くか、とつぶやいて、ウィルフレッドは立ち上がった。夕暮れの道を歩き出す。
歩きながら、ため息が漏れた。大青染めの親方ベンの話に何も収穫がなかったことは、かなりの痛手だった。
ここに来るまでに、様々な染め職人から話を聞いたが、だれもが最後には、
『染めのことについては、ベンに尋け』
と言った。
青の職人、大青を扱う一族は、手間のかかる技法も相まって、染め職人たちの中では別格の扱いを受けている。
職人ギルドの方針から、反目しがちな染め職人たちではあったが、ミストレイクの長年の方針から、それでも交流はあった。
ベンはその中で、他の染めについても調べ、研究をしてきた親方である。
プライドの高い大青染め職人が、他の染色の技法を学ぶなど、他の領では考えられないことではあった。しかし、彼は子どものころから、他のギルド職人の所に通い、ありとあらゆる『染め』について調べあげ、それにより、自身の技術に磨きをかけてきたのである。
ミストレイクでは、誰よりも尊敬される染め職人であった。
その彼に、『見当もつかない』と言われてしまっては……。
「修道士にも、農夫にも、話を聞いてみたが……、まるでらちがあかなかったしな」
呪符について尋ねようとしたが、農夫はひたすら、『神よ、お救いください!』と叫ぶばかり。修道士はひたすら、『魔よ、退け!』と叫ぶばかりだった。
修道士の方は最後に、『神の正義をなす騎士に祝福あらんことを』と祈ってくれたが、やっかいごとを持ち込むな、とっとと出て行けという言葉が裏に聞こえた気がした。
ロード・アランから似たような扱いを受け続けているので、別にもうどうでも良いが。
「本当に……なんなんだろうな、これは」
ウィルフレッドは立ち止まると、懐から呪符を取り出した。
周囲は茜色に染まり、金と朱色に染まる空は刻々と色を変え続け、夜のやってくる気配を世界に告げようとしている。
辺りには誰もいない。
全ての音が消えたような、夕暮れの道。
ミストレイク侯から借り受け、もう何度も眺めた呪符の絵は、禍々しいまでにくっきりとした色を見せている。
「せめて、この文字の意味がわかれば……」
普通、文字の読み書きができるのは、写字を行う修道士、教育を受けた貴族や、商人たちぐらいなものである。
しかしこのミストレイクでは、低い身分の者であっても、できる限り教育が受けられるよう、領主によって奨励されていた。