恰幅は慌しく何だかごつし。1
恰幅……外から見た体つきのこと。
慌しく、せかせかとした背格好の人は、なんだかごっついぞ。さらに意味不明。ちなみに、『禍福は…』から韻を踏んでいます。だからなんだと言われたら、それまでなんですが。韻を踏んでいます。
悪臭が漂っている。
「では、どのような染料を使ったかは見当もつかないと」
「初めて見やした。こうも鮮やかな色を出すものがなんなのか、見当もつきやせん」
薄暗い工房の中で、大青染め職人をまとめる親方、ベンが言った。がっしりした体つきの男のごつごつとした手の指には、青い色が染み付いている。
染料で糸や布を染める工房には、常に腐敗臭が漂っている。染料を布地に定着させるのに、腐った尿を使うからだ。
長年、大青染めを手がけてきた男には、この悪臭も慣れた匂いらしいが、ウィルフレッドにはそうではない。できるだけ息を止めるようにしているが、やって来る匂いは、気が遠くなりそうだ。
「この布も、てえした代物だ。何がなんだかさっぱりだが、こうまで薄くて、しかも色がはっきり出てる。なんなんだか」
ベンは、渡された呪符をつくづくと眺め、つついたり裏返したりしている。
「赤の職人も、黒の職人も、同じことを言った。おまえが最後の頼みの綱だったんだがな」
そう言った拍子に、ウィルフレッドはうっかり悪臭を吸い込んでしまった。腐ったキャベツを鼻先に山ほどぶちまけたような、つーんとした臭い。涙が滲みそうになった。
「わかりそうな人間に、心当たりはあるだろうか?」
「旦那。俺にわからねえってことは、この辺りでわかる人間はいねえってことですぜ。
ガキんころから、染めのいろはは叩き込まれてまさ。俺の専門は大青ですが、それでも他の染めについて知らねえわけじゃねえ。
けどこれは、何が何だかさっぱりだ」
「そうか……」
「すいませんね」
「いや、ありがとう。親方には手間を取らせた」
手渡していた呪符を取り戻すと、ウィルフレッドは工房の外に出た。
「サー・ウィル」
外で待っていた部下のマークが、工房から出た途端、青い顔をして深く息をついた彼に、苦笑いをした。
「離れましょう。ここは匂いがひどすぎる」
そう言う彼にうなずき、早足で工房から遠ざかる。少し行った所に適当な木陰があったので、そこに座り込んだ。
「息ができるというのは、ありがたいものだな……」
力尽きたかのように言うウィルフレッドに、マークは同意してうなずいた。
「俺は外にいたのに、それでも辛かったですよ。あいつら、どうしてあんな中で平気なんだ」
「親方も、職人たちも、子どものころからずっと、あの中で作業をしている。もう臭いとも思わないんだろう」
「あいつら自身も臭い。できる限り、近づきたくないですよ」
そう言ったマークに、ウィルフレッドは首を振った。
「マーク。見下すな。ミストレイクを支えてきたのは、彼ら職人たちだ。あの匂いに耐え、色を作り出してきたのは彼らだ。
俺たちは剣を振るい、何かを壊すことしかできない。だが彼らは、作り出すことをずっとやってきた」
「それでも、あの匂いは耐えられませんよ! キャベツ畑が一面腐って猫の糞尿がひっかけられて、それが小さい家の中に詰め込まれて、その中に放り込まれたみたいな衝撃でしたよ!」
言いたい事はわかりにくいが、意味は良くわかった。
「まあ、衝撃がある匂いだったなあ……」
「工房に入るサーは、伝説の勇士のようでした」
「そんな事で、伝説だとか言われてもなあ」
ふーっと大きく息をつくと、ウィルフレッドは片手でぐしゃぐしゃと自分の髪をかき回した。
「しかし、困った。手詰まりだぞ。ここで何か聞けるんじゃないかと期待していたんだが……」
* * *
ミストレイクは、小さな領である。
王国の外縁部にある上に、土地自体も痩せている。気候も厳しく、冬には雪で道が閉ざされ、孤立したような状態になってしまう。全くもって、良い条件の土地ではない。
領主の一族は代々、フォレシア王に支払う税だけでなく、領民を飢えさせぬよう、また外敵から土地を守る傭兵を雇うための金策に追われていた。
そんな土地を富ませるには、どうしたら良いか。
代々のミストレイク侯は、この問題に、常に頭を悩ませていた。
税が支払えねば、国王は、領主一族の首をすげ替える。
かと言って領民からの税の徴収を厳しくすれば、飢えて死ぬ者が続出する。
盗賊や山賊などの脅威は常にあり、傭兵の数を減らす事はできない。
とにもかくにも、金がいる。
では、どうすれば良いのか。
ミストレイクの一族は、その答を、知識と知恵、人材に求めた。
何年もかけて腕の良い職人を集め、
見識の深い人材を招き、小さくはあるが教育機関のようなものを作り、
ギルドの口出しをできる限り狭め、職人同士の交流を奨励し、
それにより、ミストレイクの新たな特産物を産み出した。
『ミストレイクの毛織物』である。