●番外編 パチパチパニック! おばば編
第二話、開始直前の話。
「おばばさま? どうしたんです、にやにやして」
「おお、紅どのか。いや、なに。礼儀を知らぬ輩がおったのでな。少し灸を据えてやったのよ」
「何かあったのですか?」
「うむ。『迷い客』じゃ」
「迷われる方はたいがい、ここの事を知りませんから……、
異なる世界には、異なる常識があるのだという事すら、知らないのです。あまりとがめるのは……」
「どこの世界の者であれ、礼儀は持つべきであろ?」
「そうですが……何があったのです?」
「うむ。ふらふらと歩く男を見かけたのでな。声をかけたのじゃ。どこぞの農夫のようであったが、ひどく酔っておってな」
「はあ」
「わしに向かって、『そこの姉ちゃん、服ぬいで踊れや~!』と言いおった」
「……!(うわあ)」
「わしを酌婦か何かと思ったようじゃな。歌えとか踊れとか、脱げとか脱げとか騒がしいのなんの。
俺の言う事がきけないのかと、わめきちらされてな。
酔っ払いに偏見はないが、ああいう酔い方は困るの」
「ああ、まあ、……はい」
「しばらくはスルーしておったのじゃが、そやつ、わしの腕をつかんでなあ。
ほれ。わしの可憐な腕が、赤くなってしもうとるじゃろ」
「あ、これは痛そうですね。指のあとがくっきり」
「酔っぱらいは、力の加減ができんからのう。本人はちょっとのつもりでも、こちらは大迷惑じゃ。
腕が折れるかと思うたわ。耳元で叫ばれるしのう」
「冷やしますか?」
「ああ。良い。これぐらいは自分でどうにかできる。ま、そういう訳でな。さすがのわしも、腹にすえかねたのじゃ」
「はあ。あの……、何を、なさったんですか」
「大したことはしとらん。脱げ脱げとうるさかったので、お前が脱げと言って、身ぐるみはいだだけじゃ」
「……(うわ~……)」
「そのあと、踊りたけりゃ踊れと言って、赤い靴をはかせてやったわ。バレリーナのようにくるくる踊る、呪い付きのやつをな!」
「……(うわわ~……)」
「もちろん、すっぽんぽんじゃ!」
「おばばさま……、ごく普通の、たぶん、飲みすぎて、ちょっと気が大きくなっていただけの農夫なんですから……」
「わしに対して礼儀がなっとらんじゃろうが! 他の者にならともかく」
「(自分限定!?)それで、許してやったのですか」
「途中で正気に戻ったようでな! 助けてくれ~と泣きながら、ヨダレ鼻水垂れ流し、大事な所もぶらぶらさせつつ、軽やかに踊り続ける姿はなかなか見苦しかったぞい。
あんまり面白くなかったのでのう。一時間ほど踊らせてから、呪いを解いてやったわ」
「……(それでも一時間踊らせたんだ……)」
「そのあとは、ちゃんと服を返してやった。見苦しいしのう」
「ああ、はい。それでその人は無事に、元いた世界に戻られたのですか」
「ああ、そうじゃろ。何かのはずみで入り込んだだけのようじゃったし。
わしも鬼ではない。その男の踊りを対価に、駄菓子を渡して契約としてやった。じゃから、すぐそやつは戻ったわ」
「それは……良い事をなさいましたね」
「良い事かのう」
「何も知らぬまま、妙な魔術師と不本意な契約を結ばされるよりは。その農夫にも幸運なことでした。
それで機嫌が良かったのですか?」
「ほ。いやいや」
「?」
「あやつ、最後まで失礼でなあ」
「は」
「悪魔だの鬼だの、醜い魔女だの化け物だのと、わしの事を言いおったのよ」
「……(う~わ~……)」
「わしの広い心にも、限界があるわ!」
「あ~……え~……(広い?)」
「あまりにもぎゃーぎゃーとうるさいので、踏んでやったわ! ヒールのかかとで思い切りな!」
「うわ」
「ただでさえ、粗末なモノをぶらぶらさせとるんじゃぞ。恥を知れい! と一喝してな」
「脱がせたのは、おばばさまでは……いえ」
「そうして、これ持ってとっとと帰れ! と、駄菓子の袋を投げつけたのじゃ。途中で捨てたら呪いがかかるぞと脅してなあ。ヒッヒッヒ!」
「あ~……まあ、その、そのかたが無事に戻れて良かったですよ」
「うむ。あれを食べて、おののくが良いわ!」
「え? あの、何のお菓子を渡したのですか」
「パチパチパニックじゃ!」
「パチパチ……あ、あの、炭酸入りのキャンディ?」
「おう。どう見ても、さほど文化の進んでおらぬ世界の農夫じゃったのでな。
ふっ……、あれを食べたなら、さぞやおののき、たまげる事じゃろうて。うはははは!」
「悪人笑いになってますよ、おばばさま。……気の毒に、農夫の人……」
「はじけて驚くが良いわ~! ひ~っひっひっひ!」
* * *
おばばの願いはかなわなかった。単にお酒で気が大きくなっていただけ、実は肝っ玉の小さかったその農夫は、
元の世界に戻り、正気に戻ってから、渡された『パチパチパニック! コーラ味』の袋の絵を見て、
それだけで、気絶しそうになるほどおののいた。
印刷の技術など、想像することもできない時代のごく普通の農夫には、原色バリバリなデフォルメされたイラストや、読むことのできない文字の羅列は、呪いの品にしか見えなかった。
触るのも怖い。見るのも怖い。中身を食べるなど、とんでもない。
震え上がった農夫は、『パチパチパニック!』を修道士の元に持ち込み、たまげた修道士は修道士で魔払いの儀式を繰り返し、
様々な人々の手を経た後に、駄菓子の袋はやがて、全く関係のない人物の手にわたることになるのだが、
それはまた、別の話である。
エブリスタでの連載を、ひと月休みますので、お詫びとクリスマスプレゼントをかねてアップしました。
ウィルフレッドの世界になぜ、パチパチパニック! があったのか。その理由はこれでした。




