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魔法小路のただの茶屋  作者: ゆずはらしの
2.騎士がやって来た日。
34/79

甘味はうろたえる涙をごそり。5

「危うく……?」

「うちの羊毛は質が良い。それは掛け値なしに言える。布の織りも、研究に研究を重ねて来た。

 ミストレイクの毛織物は、どこに出しても恥ずかしくない。

 けれど染色は、それほどでもないんだ。

 近年、海の向こうから、鮮やかな色の布が入るようになってきた。大青ウォードで染めたうちの布より、もっと鮮やかな青い色……。

 インディゴという植物を使うのだそうだよ」

「それが……?」

「都では、うちの布より、その布を商うようになってきた」



 デイヴィッドはため息をついた。



「鮮やかな色彩は、どこでも、誰でも欲しいものだからね。その気持ちはわかる。だが、このままではうちは、在庫を抱えたまま破産に向かう」

「その、藍、とかいう植物は、手に入らないのでしょうか」



 ウィルフレッドが言うと、デイヴィッドはうなり声のようなものを上げた。



「染色職人のギルドが口を出してきた。植物も、染色方法も独占されたよ。

 職人ギルドに話を通して、そちらに布や糸を渡し、染めてもらう方法もあるが、それだと、あちらの言い値で全て支払わねばならないんだ。

 足元を見られて吹っ掛けられたよ」



 よほど、やりとりが腹に据えかねたのだろう。デイヴィッドは顔をしかめていた。



「それに……それだと、今までうちで働いてきた職人が、仕事を失ってしまう」

「ああ、」



 ウィルフレッドはうなずいた。染色の職人は、専門職だ。今までは、地元で取れる植物やコケで染めてきた。

 けれど、その技術が必要とされなくなるとしたら。


 彼らは仕事を失くす。そうして彼らの家族は離散する。



「鮮やかな染色。それができる知識と、技術が僕は欲しい。

 この呪符は、その意味で。金山よりも価値がある。

 インディゴで染めた布を、僕は見た事がある。それよりもなお、この絵の色は鮮やかだ」



 デイヴィッドは言った。



「この色を出す、植物を知りたい。技法を知りたい。その知識を、手に入れたい。

 これが兄上の手に渡ったのは、まさに神の配剤だろう。

 サー・ウィルフレッド。ミストレイク侯弟として、またこの地の采配を預かる者として。命じる。

 魔法小路を探し、この呪符の染色に使われた、あらゆる知識、あらゆる技術を探り当て、この地に持ち帰れ。

 この命令は、ロード・アラン・ミストレイクの望みでもある。そうですね、兄上」

「うむ」



 いきなり名指しされた領主ではあったが、どうやら先に、デイヴィッドと話はついていたらしい。重々しくうなずいた。



「内政は正直、俺にはよくわからん事が多い。だが、アリシアにも言われた。このままでは領地の経済は、じり貧だとな。

 何か、手を打たねばならん。しかも遍歴へんれきの騎士となると、なかなかにロマンあふれる物語りでもある」

「最後の一言は余計です」



 兄の言葉に冷静に、デイヴィッドが突っ込んだ。ロード・アランは咳払いをした。



「デイヴィッドの提案は、俺にもそこそこ良いものに思える。

 とは言え、魔法小路だ。生半なまなかな事では行き着く事もできまい。本日より、サー・ウィルフレッド、おまえの騎士としての通常の任を解く。

 この件に関し、心して当たれ」

「は」



 領主の動機はともかく、デイヴィッドの話を聞いた後では、ウィルフレッドにも拒否する事はできなかった。彼らが求めているのは、情報と技術。領地を守る為の知識である。



「支度金を用意しておくよ。あと、必要と思われる品物は融通するよう、ダレンに言っておく」



 デイヴィッドが言った。ダレンは城の管理を任されている家令である。



「連れて行く者についても、君に任せる。ただし、染料に関する事だとは、あまり大っぴらにはしないでもらいたい。

 ギルドがうるさいのでね」



 職人ギルドは自分たちの権利を確保するのに熱心で、技術や知識を秘匿したがる傾向があった。多くの金利が絡む話の場合は、妨害工作をされる可能性もある、とデイヴィッドは付け加えた。



「わかりました。かなう限りの力で、この任を果たします」



 姿勢を正すと、ウィルフレッドは言った。ロード・アランとデイヴィッドがうなずいた。




 燭台にともされた灯が、ゆらりと揺れる。

 領地の未来について語り合う、真剣な顔をした男たち。


 その部屋の中、三人の前にある机には、

 歯をむきだし、うひい、という顔をした擬人化されたコーラ瓶の絵。




『パチパチパニック!』の袋が、場違いな雰囲気をたたえながら横たわっていた。


藍は、日本でも使われている、藍染めの藍です。歴史的には、かなり古くから使われていました。


タデアイという植物を使いますが、これは東南アジア原産の植物なので、涼しい気候の国々には自生していませんでした。


大青は、ヨーロッパを中心に使われた青い染料の原料となる植物ですが、藍ほどあざやかな青ではなく、


貿易がさかんになると、使われなくなっていった歴史があります。


ちなみに、北海道のアイヌ民族も、大青で(蝦夷大青)青い色を出していたらしいです。大青は、涼しい気候の国々の青だったのでしょう。



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