甘味はうろたえる涙をごそり。4
なぜだろう。書けば書くほど領主がヘタレに。
「それで、俺、いや、わたしに何をさせたいのですか」
怪しい絵から視線を外すと、ウィルフレッドはロード・アランに向かって尋ねた。いろいろと思う所はあれど、自分は騎士だ。
ミストレイクの騎士だ。
主君が命を下すとあらば、従わねばならない。たとえ、その主君が多少ヘタレで、迷惑極まりない趣味の持ち主であったとしても。
ヘタレで、迷惑極まりない趣味の持ち主であったとしても。
「おまえ、何か失礼な事を考えてないか」
「いえ別に」
主君を見つめている内に、つい心の中で力強く、二回繰り返してしまったウィルフレッドだったが、ロード・アランの言葉にそう答えると、質問をもう一度繰り返した。
「何を、命じられるおつもりなのでしょうか、マイ・ロード」
微妙に声音が重々しくなるのはしかし、止められなかった。
「だからなぜそう、脅すように……まあ、つまりだな。ここはやはりロマンの追求……」
「マイ・ロード」
「あ、いや。おまえとて、追求したくなるだろう?」
「何を、でしょうか、マイ・ロード」
「いやその、あのな? 魔法小路だぞ?」
「それが何か」
「それが何かって……魔法小路だぞ! そこから出てきた品物だ!血湧き肉躍るロマンの気配を感じずして、なにが漢か!
果てしなきロマンの始まりが今! ここに!」
「その口を、今すぐ閉じていただけませんでしょうか、マイ・ロード」
殺気を放ち出したおのが騎士を見て、領主は黙った。
「兄上の戯言は置いておいて。僕からも頼みたいんだよ、サー・ウィル」
そこでにこやかに、デイヴィッドが言う。ロード・アランは自分の弟に、情けない表情で視線を投げた。
「戯言っておまえ……」
「兄上は黙っていてください。まとまる話もまとまらない」
「お、俺はおまえの兄で、ここの領主だぞ?」
「そうですね。では、黙っていてください」
笑顔で言われ、領主は黙った。何とはなし、背中がすすけている感じだった。相手にすらしていないデイヴィッドの笑顔に、ウィルフレッドは内心、敬意を覚えた。
「話を聞いてもらえるかな」
「聞きましょう」
主君である人物を置いておいて、二人は真剣な顔で向かい合った。「俺の存在意義は……」とか何とかつぶやく領主の声が聞こえたが、二人とも無視した。
「見てもらった通り、この品物は色々な意味で異常だ。よく、兄上の手に渡る前に、焼き尽くされなかったものだ。
そうして、これの重要性は、中身にはない。魔女の呪いとやらにはね」
デイヴィッドが話し始める。ウィルフレッドは無言で、彼の言葉の続きを待った。
「知っての通り、わがミストレイク領は、辺境にある土地だ。領民は勤勉で、よく働く。しかし、それだけではやって行けない。
王への税、王国への進入をはたさんとする異民族の撃退、盗賊たちへの対応。それらと同時に力なき領民を守り、養い、導く義務がわれらミストレイクの一族にはある。
その支えとなるのが家臣たちであり、騎士であるのだが」
「はい」
うなずいたウィルフレッドに、満足げに笑いかけると、デイヴィッドは続けた。
「ミストレイクの特産物は、羊毛と毛織物。それでどうにか税は支払えたし、民を守り、家臣に報い、騎士や兵士を育てる資金、いざという時には傭兵を集める資金にもなってきた。
しかしそれも、近年は危うくなっている」