甘味はうろたえる涙をごそり。3
「見てもらいたいのは、その絵や顔料だけじゃないんだ。ウィルフレッド。それに触れてごらん」
デイヴィッドが言った。ウィルフレッドは、ちらりと彼の方を見た。
「触れても、大丈夫なのですか?」
「聖水をかけたり、香炉の煙でいぶしたり、色々やったらしいから、呪詛があっても払われているよ。大丈夫」
水をぶっかけたり、煙でいぶしたりしたらしい。パチパチパニックの袋を。
「修道士が何日も、祈祷をした。そうして月が一巡りするほどの間、様子を見たらしい。
その結果、何かあったとしても、効果は失せていると判断された。僕が触っても平気だったし、安心して良いよ」
一月の間祈祷をして、様子を見ていたらしい。パチパチパニックの袋を。
「顔料も、取れたりしない。普通、そういう事をしたら、傷んだりするものなんだけれどね。それの異常な所は……、
うん、口で言ってもわからないと思う。とにかく触ってみて」
デイヴィッドにうながされ、ウィルフレッドは、用心しつつその絵に触れた。
(……?)
なんだ、これは。
「硬い……?」
布にしては、妙に硬い。金属というほどでもないが。
硬く、つるりとして、すべらかだ。こんな感触の品物は、初めてだった。
指を滑らせて、端の方に触れてみる。意外ととがった感触に驚き、また、薄さにも驚いた。
縫い目がない。糸目も見えない。
何をどうすれば、ここまで薄い布を作る事ができるのか。
「いったい、何の糸で織られているんだ。絹地の感触とも違う」
表面の光沢は、燭台の炎を反射した。まるで金属か何かのように。
もう一度、絵の表面をなぞってみる。そうして、気づいた。
「顔料の、盛り上がりがない……?」
絵を描いたなら、どのように薄く塗ったとしても必ず出る、顔料を塗った事によるでこぼこが、その布にはなかった。
あくまでもすべらかで、つるりとしている。
ありえない事だった。
「これは……いったい、どれほどの技量を持った画家が描いたのか」
技量があるわけではなく、印刷してあるだけなのだが、そうした技術のないこの世界の住人には、驚嘆すべき匠の技に見える。
描かれているのは、擬人化されたコーラ瓶が、パチパチはじける感触に、うひい、となっている顔なのだが。
「僕も驚いた。後ね。それ、ちょっと持ち上げてみて」
言われてウィルフレッドはその絵を持ち上げ、眉を上げた。
「何か、入っている?」
これはどうやら、極限まで薄く織った布を二枚縫い合わせ、中に何かを入れた品らしかった。布が薄いので、はっきりわかる。小石のようなものが入っている。
「開けて中身を見るかどうか、修道士たちも悩んだらしいよ。表面の絵が、どう見ても危険を知らせる感じだし」
単に、パチパチはじけてます、な顔なのだが。
「何が出てくるかわからないから、そのままにしておけって事で。後は兄上にお任せになった」
変なものが出てきても怖いし、結局、妙なものを集める趣味のある領主に丸投げされたらしい。
「魔女の呪いを封じた護符だろう、というのが、それを調べた修道士たちの見解だ。力を封じたものは、他の呪詛に対して、有効な魔よけになるからな」
ロード・アランが言う。ウィルフレッドは「そうなのですか?」とそちらを見た。領主は重々しくうなずいた。
「そのような話を聞いた事がある。
これはおそらく、何らかの呪詛を、この絵と、縫い目のない袋に入れることで完璧に封印しているのであろう」
実際の所は、お菓子が湿気らない為の完全密封であるが、まさかそのような用途であるなどとは、この世界の住人は思いもよらないだろう。