甘味はうろたえる涙をごそり。2
ウィルフレッドは、そちらに目をやった。机の上には平べったい、小さな物があった。
「絵……?」
鮮やかな色彩が目に入る。薄っぺらいので、布だろうか?
デイヴィッドが燭台を手にし、机の上に置いた。少し横に下がり、ウィルフレッドをうながしてくる。
ウィルフレッドは近づくと、それをつくづくと見た。
「刺繍……ではない……、こんなに鮮やかな色が出せる顔料があるのか。
この赤。まるで、今さっき仕上がったかのようだ。こんな鮮やかな発色をしている赤は、始めて見た。
この絵は……、何なのだろう。顔? 何かの文字もある。呪文か? 魔よけの札か何かですか、これは?」
その絵は、禍々しいほど鮮やかな色彩で描かれていた。
何かの文字らしきものがあちこちに描かれている。少し斜めになって記されているそれは、魔術の記号めいていた。
細かく、小さな文字が記されているのは、何かの解説か。それとも、呪文を補強するための別の術か。
鮮やかな黄色、青、緑。濡れたように輝く黒。そして、惜しげもなく使われた、赤い顔料。
高価な赤をここまで使うとなれば、この絵は、何かよほどの事があって描かれたという事になる。
しかし、その絵は、良くわからないものだった。黒い線で縁取られ、くっきりと描かれているのだが、何を意味しているのか不明なのだ。
顔のようだった。それはわかる。
人間ではないかとも思えるのだが、それにしては形がおかしい。耳がない。
髪の毛も、頭のてっぺんにあるわずかなものを残して、ない。
そうしてその顔だが……、
恐ろしいことに、苦悶に歪んでいた。
細長い顔は、口を開き、歯を剥きだしている。鼻はない。
片目はどうも、つぶっているようだった。そうして、もう片方の目は……これは、矢か。矢で射られた傷跡か。
「拷問にかけられた人間か……?」
ウィルフレッドは顔をしかめた。この絵は、耳と鼻をそぎ取られ、髪を剃り落とされ、片目を矢でえぐられ、最後には首を切られた人間ではないだろうか。
よほどの苦痛と恐怖を与えられたのだろう。わずかに残っている髪は、真っ白になっている。
そんなものを絵にするとは、何と恐ろしい。
どれほどの悪辣な意思と、魔術が込められているのか。
「俺もそう思う。何とも不気味だが、デイヴィッドの話では、世界には動物や人間の首を乾燥させ、魔よけ代わりに吊るす民族もいるらしい」
領主が言う。その言葉に驚いて振り返ると、デイヴィッドがうなずいていた。
「そうなのですか?」
「書物で読んだだけだけれどね。恐怖を感じるようなものを並べて、魔物を威嚇するらしいよ。人の首はさすがに、悪趣味だとは思うけれど……。
これがその類のものだとすると、高価な顔料を惜しげもなく使っていることから、何かよほどの事が起きたのだと推測できるね。
ひどい疫病が流行って、それを退けようとしたとか。
それか、天災や飢饉といった災厄を払おうと、祈願したのかもしれない」
ウィルフレッドは、絵の方に視線を戻した。そう考えると、描かれた顔が苦悶に歪んでいるのも、そうした苦難を訴える為なのかもしれないと思えてくる。
不気味は不気味だが。
「こんなものを、農夫が持ち歩いていたのですか……」
「本人は、普段は真面目なんだけれどね。酒が入ると、色々とやらかすらしいんだよね。これも、酔っていた時に手に入れたとかで、酔いが醒めたら、絵の恐ろしさに失神しかけたらしい。
何とかしてくれと顔見知りの修道士の所に駆け込んで、そこからまわりまわって、兄上の所に運ばれてきた。一応、魔払いの儀式とか、いろいろはされているよ」
緊張する三人の前にある、鮮やかな絵。
もしここに、現代日本に暮らす人間がいたならば、その文字はこのように読めただろう。
『パチパチパニック! コーラ味』
某製菓会社が出している、子ども用の駄菓子の袋である。
この回の為だけに、明治製菓のホームページを検索しまくりました。