甘味はうろたえる涙をごそり。1
甘いものを食べると、なぜだろう。うろたえてしまい、涙が。……意味不明。
「そういう訳で、問題は、魔法小路だね」
うなだれてしまった兄を何事もないように無視し、デイヴィッドが言った。ウィルフレッドはうなずいた。
「ああ、何か言っていましたね。そこのドグサレ領主が」
「うん、言っていたよね。そこのヘタレ領主が」
二人の会話は容赦ない。この土地で一番偉いはずの男は、何か言いたげな顔をしたが、口を開きかけてやめた。あきらめたらしい。
「ミスター・デイヴィッド。あなたまで、探索に行けとか言いませんよね」
「うーん、それがちょっと、調べてもらわないといけない感じなんだよね」
デイヴィッドの言葉に、ウィルフレッドは眉を上げた。
「詳しく聞きましょうか」
「おい、どうしてこいつの話なら真剣に話を聞くんだ。俺の時は怒鳴りつけたのに」
そこで領主が恨めしげな顔で言う。
「マイ・ロード。あんたのロマンは迷惑なんです。大体、命令もその場の思いつきじゃないですか。
ですが、デイヴィッドどのの発言は、考えがあっての事ですから」
「俺は、考えなしに発言していると言うのか……」
「事実でしょう」
自分の騎士からばっさり切り捨てるように言われ、ロード・アランはうなだれた。
「まあ、ウィルフレッド。そう責めてやらないでくれ。
兄がヘタレなのは元からだし、考えが足りないのもそうだ。今更と言うものだよ」
にこやかにデイヴィッドが言った。取りなしているようで、しっかり兄をけなしている。
「その分、義姉上がしっかりしておられるから、うちの領は安泰だ。破れ鍋に綴じ蓋と言うが、兄の場合、これはもう完全に、歪んで穴のあいた鍋だろうね。
それを支えてくださる義姉上は、綴じ蓋などとんでもない。磨き抜かれた美麗な蓋と言って良いよ。
僕一人で兄の尻拭いをしていた時は、胃の痛みがなくなる事はなかったからねえ……」
本当に、今は楽をさせてもらっているよ、と青年はしみじみと言った。その言葉には、一体今までどれだけの苦労を背負い込んできたのかと思わずにはいられないような、実感が篭められていた。
「おまえら……」
うなるように言うロード・アランに、デイヴィッドは肩をすくめた。
「事実ですよ、兄上。義姉上が来てくれて、僕は感謝しているんです。領民も、彼女を敬愛している。
レディ・アリシアに求婚したことは、あなたが今までしてきた中で、最善かつ最良の事でしたよ」
「当然だ。あれは、俺には過ぎた宝。俺の元に来てくれた事が、今でも奇跡のように思える」
いかつい顔に、不意に優しい表情を浮かべたロード・アランに、デイヴィッドは苦笑した。
「その思いを忘れずに、兄上。義姉上に嫌われるような真似をして、逃げられたりなさいませんように」
「ふん」
アランはそっぽを向いた。耳が赤くなっていた。
「それで、魔法小路でしたか」
兄弟の会話を聞いていたウィルフレッドだったが、一段落したと見て、話題を戻した。
「どうも、うさん臭い名前ですが……なんなんです、その小路とやらは」
「おや、知らないのかい」
意外そうな顔で、デイヴィッドが言った。
「魔法小路は、あちこちの炉端で語られる不思議な物語りだよ。小さいころ、耳にした事はなかったかい?」
「あいにく、母を助けて働くことに精一杯でしたので」
ずっと小さいころには、そういう話も耳にしたかもしれないが。ある程度大きくなってからは、叩かれる陰口や、嫌がらせの噂から、母をかばうことで必死だった。
日中は常に気を張り続け、夜には疲れ果てていた。炉端語りを聞いて楽しむなど、……そんな余裕などなかった。
「いかんな、ウィルフレッド。なっておらんぞ。騎士たるもの、領民が心を安らがせる炉端語りにも通じておらねば」
そこで、嬉々として領主が口を挟んだ。
「それこそが、ロマンに通じる道の一つ……、」
「黙っていろ」
「黙ってて下さい、兄上」
二人の言葉は綺麗に重なった。ロード・アランは恨めしげな顔をして黙った。
デイヴィッドは咳払いをすると、続けた。
「まあ、そういう話があるのさ。どこともわからない場所にあり、魔法使いが集う、不思議な品物のあふれる通り。
ある者は、ここにあると言い、別の者は、あそこにあると言う。語られる場所はまちまちで、それでもこの物語りは途切れる事はない。
魔法小路で運をつかんだという男や女、逆に運に見放された者たちの物語りが、ずっと語り継がれている」
「子ども向けの話でしょう」
そう言うと、「そうでもなくてね」とデイヴィッドが言った。
「つい最近、魔法小路に迷い込んだという男の話を聞いた。無学な農夫でね。魔女に呪いをかけられる所を、命からがら逃げ出したらしい」
ウィルフレッドは眉を上げた。
「酔っぱらいの与太話でしょう?」
「農夫はこういう品を持っていた」
デイヴィッドは、ウィルフレッドに机の上を示した。