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魔法小路のただの茶屋  作者: ゆずはらしの
2.騎士がやって来た日。
29/79

禍福は糾える縄の如し。3

「兄上。これでは、話が進まないではありませんか」



 ため息交じりの声がそこで、割り込んだ。ウィルフレッドは、そちらに目をやった。

 部屋に入った時から、静かにたたずんでいた青年が、あきれた眼差しで二人を見ている。


 ジ・オノラブル・デイヴィッド・ウィリアムソン・ミストレイク(ウィリアムの息子、ミストレイクの侯弟デイヴィッド)。


 ロード・アランの弟である彼は、すらりとした体躯の優男で、兄を助けて領の運営を手伝っている。暗い金髪に、灰色みの強いはしばみの目。兄と同じような色彩をまといながら、穏やかな印象を与える青年だった。

 与えるだけで実際は、腹黒い愉快犯みたいな人物だが。

 領地の運営は実のところ、彼とレディ・アリシアの手腕により成り立っている。



「デイヴィッドどの」

「サー・ウィルフレッド。兄の脱線ぶりを許してもらえるかな。君の気持ちもわかるけれど」



 デイヴィッドはちらりと兄を見やった後、真面目な顔で言った。



「正直言って、兄のロマンに付き合ってくれる君には、多大な敬意を抱いているよ。僕なら三回に一回は、確実に死んでいる」

「そこまで無茶な命令は、出しておらんぞ」



 困惑気味に言うロード・アランに、デイヴィッドは一見優しげ、しかしどことなく黒い笑みを向けた。



「兄上。ならば、兄上ご自身が、サー・ウィルフレッドのたどった、兄上自身の出された命令による旅路をたどってみられますか。僕は絶対に嫌ですけどね」

「いや……しかし。そんなにひどい旅ではなかっただろう、ウィルフレッド?」



 振り返っておのが騎士を見たロード・アランは、青ざめて硬直した。


 鬼がいる。


 これ以上はないというほどの凄まじい目付きでこちらを睨む、鬼がいる!



「さささささ、サー・ウィル!?」

「無茶な命令は、出して、ない?」



 ゆっくりと繰り返された自分のセリフに、ロード・アランは総毛だった。怖い。なんだ、この迫力は!



「だ、出しておらんだろう」

「言い切る根拠はなんですか」

「おまえはいつも、無事に戻って来るではないか!」



 ウィルフレッドから殺気が放たれた。領主は縮み上がった。



「無事? 無事と言いましたか、今?」



 うわー、という声がして、デイヴィッドがすすす、と後ろに下がった。

 とことん荒みきった眼差しでおのが主を睨みつけながら、ウィルフレッドは静かに言った。



「ご領主。草の根を掘って食べながら、さまよう旅に出てみられますか。餓えで目の前が暗くなり、明日が来るのか信じられない気分が味わえますよ。

 群れなす狼に追いかけられ、森をさまよう毎日をすごしてみられますか。死を覚悟する気分がおわかりになるでしょう。

 行けども行けども先の見えない湿地で、沼ヒルに食い付かれ、肌がただれ、骨にまで痛みが達する日々を送りたいと言うのなら、俺は是非、供をさせていただきます。

 なに。『無事』には過ごせますよ。ご領主の言われる『無事』が、命さえあればという意味なら。

 俺が過ごした通りの日々を、実際に味わっても大丈夫でしょう。『無事』に生きて戻れますとも」



 一言一言に、おそろしく重みがあった。



「兄上。早いとこ謝ってしまいなさい」



 デイヴィッドが声をかける。ウィルフレッドの気迫に呑まれていた領主は、あわあわしながら、それでも自分を正当化しようとして言葉を探した。



「あ、う、その。そこまで、怒らずとも。心が狭いぞ、ウィルフレッド。ちょっとした、ロマンではないか……!」



 デイヴィッドが、あちゃー、と言いつつさらに部屋の隅に下がる。それから彼は、自分の耳を素早く手で覆った。

 ウィルフレッドは息を吸い込んだ。そして叫んだ。



「ロマンで人を死に追いやるな、どグサレヘタレ阿呆領主~~~~っっ!!!」



 城中に響きわたる程の、大音量の叫びだった。


 至近距離で聞いてしまったロード・アランは床に沈んだ。デイヴィッドは無理もないと同情しつつ、その声量にしばらく、気の遠くなる気分を味わった。



 いろいろと規格外な実力と、風評を誇る男、ウィルフレッド・ホーク。

 怒鳴り声の迫力と大きさもまた、規格外である。



ミストレイク侯は、伯爵より上の、辺境伯マーキスです。で、ロード(領主、城主)。


その弟のデイヴィッドは、オノラブル。次男なので、貴族ですが、ロードとは呼ばれません。


で、このオノラブルをどう訳すかで……日本語にないので、困りました。直訳すると、名誉ある人、とかいう意味なんですが。


当主の次男や、長男の息子や娘につきます。


口語ではしかし、普通にミスター、ミスらしいです。


なお、『ピーター卿の事件簿』というミステリでは、「爵子」と訳しているそうです。造語だそうです。


辺境伯マーキスは、


元はフランク王国の、軍務関係の身分。ドイツ語マルグレイヴ。


国境の領地で、普通の伯爵より強い権限を持っていた、司令長官みたいな役職です。


ドイツのみ、それが世襲制みたいになって残りました。


英国では、実力のある伯爵に与えられる称号みたいになりました。


なので、ドイツのみ、訳すときには辺境伯、


他の国は侯爵、と訳すようです。伯爵と公爵の間の身分です(公爵は王家の分家とか、縁続きであることが多い)。


基本的な身分は伯爵とさほど変わりませんが、敵国と接している事があったり、紛争地帯の近辺にいたりするので、


様々な所で、かなりの権限が認められている。


……と、考えて下さい。


この世界、一応、身分制度は、王の下、公、侯、伯、子、男、の順番ではあります。


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