禍福は糾える縄の如し。2
しかし、ロード・アランの『ロマン』に振り回されて、実質的な被害を受けまくっていた男は動じなかった。
「だったら俺をこの城から追い出して、別の騎士を抱えろ。俺は『ロマン』を追求しない、別のあるじを見つけに行く」
「すまん、俺が悪かった」
据わりきった目で言う男に、あっさり領主は頭を下げた。何だかんだ言いつつロード・アランはウィルフレッドを気に入っており、彼が自分の騎士であることを誇りに思っていたのだ。
「しかしだな。今回は、その、素晴らしい話でな」
「まだ言うか」
ぎろりと主を睨みつけると、ロード・アランは身をすくめた。
「俺はおまえの主だぞ!?」
「それがどうした」
さすがにたまりかねたのか、ロード・アランが言う。しかしウィルフレッドにそう返され、口ごもった。
「それがどうしたって……俺は、ここの領主なのに。領主のはずなのに」
「存じ上げています、わが君」
「そうか。わかっているのか。だったらもう少し、敬ってくれても……あ~、いやその。おまえ、もう少しにこやかになれんのか。ただでさえ目付きが悪いのに、その顔はないだろう」
「だったら、『ロマン』の追求に俺を使うのを、二度としないでください。いくらでもにこやかになります」
「あー、うむ。おまえはその目付きも、男を上げるのに役立っているからな。そのままでいろ。それが良い! うむ!」
あっさり前言を翻した主に、ウィルフレッドの目付きがさらに悪くなった。このクサレ領主。まだ俺を『ロマン』追求に使う気か!
ただでさえ迫力のある男の視線が、さらに鋭くなって領主を貫く。さすがに居心地が悪くなったのか、アランは咳払いをした。
「だからその目で睨むのやめろ。鷹の呪文が俺にかかるではないか。おまえ、『鷹』のウィルフレッドだし……。
ああ! それも何だか格好良いか?
そうすれば俺も、詩人たちの歌の登場人物に……ウィルフレッド?」
明るい顔になって言ったアランだったが、次の瞬間、言葉を止めた。ずん、と空気が重くなったからだ。
尋常ではない殺気を放つおのが騎士を見つめ、ミストレイク領主アランは顔をひきつらせた。
「な、なんだ。おまえ、なぜそんな殺気を……」
「あんたまで俺が、飛び跳ねて叫びまわる道化と言いやがりますか……」
低く低く、地を這うような声でウィルフレッドが言った。
「道化? なんの話……おい、怖いぞ、おまえ。睨むな。睨むなと言うに!」
よくわからないが、自分は、踏んではならない蛇、いや、竜の尾を踏んだらしい。そう理解したロード・アランは、いかつい顔を青ざめさせ、即座に叫んだ。
「俺が悪かった~!」
領地を正しくおさめ、有名な騎士を抱え、美しく慈悲深い奥方がいる、勇猛果敢と噂のミストレイク侯アラン。
彼に実はヘタレ疑惑があったりするのは、城に勤める者たちの、公然の秘密である。