禍福は糾える縄の如し。1
禍福は糾える縄のごとし。
幸福と不幸は隣り合わせ。運命は、縄をよりあわせたように入れ替わり、変転する、という意味。
現ミストレイク侯アランは、民に不平を言わせず、良く導き、無理な税を取り立てることはせず、さりとて締めるべき所はきっちりと締める、厳しくはあるが、領民に無理を言わない、善政を敷く領主として知られている。
暗い金の髪に榛色の目の彼は、がっしりとした体つきに、大きな手、目つきは鋭く、割れた顎に鷲鼻という、領主と言うより、剣を振り回している方が似合いそうな男である。
実際、過去にあった盗賊の襲撃や、他領主との小競り合いによる戦闘では、騎士や傭兵に采配をふるい、前線にも立ち、配下の者を鼓舞した実績を持つ。
そんな彼の、知られざる一面。それは、
実はかなりなロマンチストで、怪しげな伝説やら、いわくありげな品物やらに弱い。
という事であった。
「そう言う訳で、魔法小路を探してもらいたい」
呼び出された城主の部屋で、己の主であるロード・アラン・ミストレイクと向き合ったウィルフレッドは、いきなりそう言われた。
石造りの壁には、分厚く大きな綴れ織りがかけられている。レディ・アリシアの指導の元、女たちの手によって仕上げられた品で、精緻な模様が織られ、刺繍されている。手の込んだ綴れ織りは、すきま風を防ぐのと同時に、部屋を明るく、美しく整えている。
職人の手で仕上げられた、立派な机と椅子。細かな彫刻の施された衣装箱。
そして怪しげな品物がずらりと並ぶ、壁一面を使った謎の棚。
城主の部屋にふさわしいようにと、職人がていねいに仕上げたのだろう彫刻がほどこされた美しい棚の上は、混沌と化していた。
苦悶するカエルに似た仮面。
壊れた楽器。
薄汚れた壺。
薬草らしい、枯れた植物の束。
何かの虫の死骸。
何かの干物。
用途のわからない細工物や、呪われそうな様相の人形。
それらがずらりと並び、高価な油をともした明るいランプのもと、ゆらゆらと妙な影を作っている。
どう見ても、がらくたである。
なのにそれらは、絹の布地の上に乗せられ、ていねいに磨かれ、埃を払われて並んでいた。
ロード・アラン・ミストレイクは、ロマンチストだった。確かに。
奥方であるレディ・アリシアがまだ婚約者であったころ、真っ赤になりつつ愛の詩を贈ったいきさつは、城内の者なら誰でも知っている。読み書きが得意でないと言うのに必死になって手紙を書いた、彼の苦労話もウィルフレッドは、聞いた事があった。
それは良い。だが。
詐欺師のすすめるうさん臭い品物にまで、良くわからないロマンを感じるのは、どうにかならないだろうか。
豪奢な絹の布の上で、でろりん、と舌を出す人形を眺めつつ、ウィルフレッドは思った。確かこれは、愛を深める何とか言うお守りだと言っていたが。
どう見ても、呪いの人形にしか見えない。
「わが君。そういう訳と言われましたが、一体、何がそういう訳なのでしょうか」
「そこは察してくれ」
気を取り直してウィルフレッドが言うと、いかつい顔の男はぎろりとこちらを睨み据えた。気の弱い者なら震え上がるだろう表情である。
しかし、長年の付き合いで、ウィルフレッドにはわかっていた。これは、後ろめたさを隠しているのだ。
今度はいったい、何にロマンを感じたのか。
そして、どんな難題を自分に言いつけるつもりなのか。
「わが君」
「いや、素晴らしい話なのだぞ? 今度はな。何とも不可思議、そして魅力的な物語りなのだ!」
「わが君」
「いや、本当にな? ウィルフレッド。だからこそ、おまえにな」
「わ、が、き、み」
一言一言を区切るようにして発音すると、ウィルフレッドは据わった目つきで己が主を見つめた。
「魔女がいるはずだから見つけて来いと、沼地に俺を放り出したのはいつでしたか」
「せ、先月だったか」
「妖精の歌が聞こえるはずだと、どこぞの丘で一月過ごせと命じられたのは?」
「あ、あれは確か三月前……」
「魔法使いの呪文が知りたいからと、夜の森に行って来いと命じられたのは」
「は、半年前だったか」
ウィルフレッドの目が、ぎらりと光った。
「おかげで俺は、沼ヒルに食い付かれ、狼に追い回され、ろくに食料もない場所で、餓死寸前までさまよう羽目になりました。
俺は確かにあんたの騎士だが。自分の命を、あんたの玩具として差し出した覚えはないぞ、クサレ領主」
うなるような声で言うと、目の前にいるいかつい男が小さくなった。
「そこまで言う事ないではないか……」
「言わなきゃあんた、理解できないだろう」
「そんな事はない! 反省はしておるのだ!」
「その場でするだけで、同じ事を繰り返すのなら、それは単に反射だ。芸を仕込んだ動物が、合図で決まった動作をするのと同じだ。
理解しているとは言わん」
ウィルフレッドの言葉に領主は、怒りの声を上げた。
「主に対して不敬だぞ、ウィルフレッド!」