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魔法小路のただの茶屋  作者: ゆずはらしの
2.騎士がやって来た日。
25/79

ミストレイク城の午後。1

服装で悩みました。


十二~十四世紀ぐらいのイングランド辺りを念頭に置いていますが……こうした方がというご意見おありの方、コメントいただければありがたいです。



「あらまあ、縁結びの天使さん。眉間にしわを寄せて、どうしたの?」



 その日、泥と汗にまみれ、仏頂面をしながら午後の陽ざしの中、ミストレイク城の裏庭を歩いていたウィルフレッドは、にこやかに微笑むミストレイク侯の奥方、レディ・アリシアに呼び止められた。

 裏庭は、兵士の訓練場として使われる。彼は兵士として新しく入った若者たちの、訓練を終えた所だった。

 その内の一人には、やたらまとわりつかれた。英雄視されたあげく、聞きたくもない吟遊詩人の歌まで披露された。

 その歌には、『ミストレイクのウィルフレッド』が、

 鷹のごとく悪人を見据えるとか、

 雄叫びを上げて悪に立ち向かうとか、

 舞うように敵を倒すとか、

 そういう類の言葉が、山のように散りばめられていた。


 その場にいた部下や同僚は、一斉に青ざめた。彼がそのたぐいの歌についてどれだけ嫌がっているか、知っていたからである。

 案の定、そんなものが世間に出回っているのかと、ウィルフレッドの機嫌は急降下した。それからの訓練は、それはもう、過酷なものになった。その若者を止めようとした部下はもちろん、たまたまその場にいただけの同僚たちまで巻き込んで。


 今、裏庭には、力尽きた男たちが、累々と横たわっている。


 そんな中、一人元気なウィルフレッドは、泥だらけになった服を脱いだ。上半身裸になって歩き出す。井戸水で汗を流し、頭から水をかぶれば、すっきりするだろうと思っての事だ。

 そうして歩いていたのだが、ふと、若者の披露した、奇天烈な歌を思い出してしまう。つい、眉間にしわが寄った。

 そこへ、この呼びかけである。ウィルフレッドの眉間のしわは、さらに深くなった。


「レディ・アリシア。なんですか、その妙な呼び名は」

「あなたの事に決まっているじゃないの、サー・ウィル。周囲に春を振りまく男と評判よ」

「いつ、俺……いや、わたしが春を振りまいたんですか」


 既婚の貴婦人のたしなみとしてブルネットの髪を結い上げ、金のネットでまとめたレディ・アリシアは、空を思わせる青い目に愉快そうな色を浮かべ、ウィルフレッドを見上げた。

 青く染められたローブは、上質のブロード。薄い毛織物は、彼女の瞳と同じ色に染められている。

 そこに緑のサーコートを重ね、飾り帯を腰にしめていた。遠目にはわかりづらいが、近づくと、ローブの襟ぐりや袖口、裾に、細かな縫い取りがされていることがわかる。

 一見簡素に見える装いの中に、手の込んだ品の良さをかいま見せる出で立ちは、ミストレイク候の奥方として、相応しいものだった。


 元は隣の領、ロンヘイルの第一侯女。良く人を見、気遣いを示す、それでいて気さくな人柄の貴婦人は、城内はもとより、領民からも人気が高い。


「無自覚って罪ね。そのたくましい筋肉。禁欲的な面差し。今も、半裸のあなたを物陰からのぞいている娘さんたちがいるのよ。

 ほら、あそことか。あの辺りとかね?」


 くすくす笑って手で指し示す。思わずウィルフレッドは、そちらを見た。

 すると、慌てたような気配や、がさがさという音、きゃーという声、奥方さま、ひどーい! とかいう声がして、ぱたぱたと足音が遠ざかった。

 一人二人ではなかった。


「何だって、物陰からのぞいてたんだ」

「本当に、無自覚って罪ね」


 奥方はため息をついた。


「道理であなたの周囲、騒がしいはずだわ」

「騒がしいですか?」


 ウィルフレッドは首をひねった。


「騒がしいわよ。男女のどたばたを描いた寸劇を、延々と見せられているみたいだわ」

「寸劇? 何のことです」


 奥方の言葉に眉をひそめる。そんなどたばたがあったか? 記憶にないが。

 奥方は、はあ、と息をついた。


「本当に自覚ないのね……あなたの周りって、若い娘さんと若い騎士が、次々とおめでたい事になるじゃない。

 なかなかないわよ、こんなことって」

「そうですか?」

「ええ。娘さんたちにとっては、気の毒だったのか幸いだったのか、悩む所だけれど」

「幸せな家庭を築いているのです。幸いに決まっているでしょう」


 真面目な顔で言うと、奥方はなぜか、天を仰ぐような仕草をした。


「彼女たちも、あなたにだけは言われたくないと思うけれどねえ……」


 万感を込めたかのような口調で言うと、レディ・アリシアは首をふり、肩をすくめた。


「まあ、良いわ。わたくしの中であなたは、春を振りまく、縁結びの天使さまみたいなものなのよ」


 ウィルフレッドは、仏頂面になった。


「やめてください。自分が妙なものになった気がする。それより、何か御用ですか」


 するとレディ・アリシアはあっさりと、衝撃の発言をしてくれた。


「ああ、そうそう。用事があったのよ。忘れるところだったわ。

 アランがあなたを呼んでいるの。だから呼びに来たのよ」


 ウィルフレッドは唖然とした。あるじである領主が自分を呼んでいるだと?

 騎士としては、最優先の用事ではないか!


「忘れないで下さい! と言うか、それをまず、一番先に言って下さい! 急いでおいでですか」

「あら、そんなに慌てなくても。身なりを整える時間ぐらいはあるわよ、大丈夫。

 それより、頼むから、その格好で城の中をうろつかないでちょうだい。若い娘さんたちの間でいろいろと騒ぎが起きるから」


 奥方は、上半身裸のままのウィルフレッドを眺めて言った。

 確かに半裸の男がうろついているのを目撃したなら、若い娘には衝撃だろうし、嫌がるだろう。

 そう思ってウィルフレッドが言うと、彼女から生ぬるい眼差しを注がれた。「本当にわかってないのねえ」と言われる。何がわかっていないと言うのだ。



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