ウィルフレッドという男。3
最も、領内の者が最初から、彼の成功を喜んだわけではない。
彼の身近にいた人々、特に子どものころから彼を見てきた人々は、驚き怪しんだ。ウィルフレッドの変わりようを、受け入れる事ができなかったのである。
また、ウィルフレッドを見にきて落胆した人々のうち、『なよなよとして』と馬鹿にしていた者たちは、なかなか彼を認めようとはしなかった。まじないを使ったのだとか、卑怯な手段を使ったのだとかいううわさを、彼らはあちこちで吹聴した。
しかし、ミストレイク侯のお声がかかり、叙勲され、騎士になったという話が伝わると、
一転して領地の人々は歓迎する空気となり。悪口を続ける人々は、立場が悪くなってゆき、沈黙するようになっていった。
そのころの彼の呼び名は、『ウィルフレッドの小さい方』とか、『息子の方のウィルフレッド』。
あの父親の息子なら、強くもなるだろうという雰囲気で、人々は噂した。
そんな彼が、一気にもてはやされるようになったのは、ロニ村を襲った盗賊を撃退してからである。
たまたま休暇中だったウィルフレッドが、同僚の騎士と共に訪れたロニ村を、盗賊が襲った。盗賊は三人、手練というわけでもなかったので、二人で撃退してしまったのであるが、
その話が大いに歓迎され、あちこちで語られたのである。
尾ひれを盛大に付け加えて。
ウィルフレッドは元来、寡黙だったため、さして自分の行為を吹聴したりはしなかったが、共に闘った同僚の騎士は、そうではなかった。何があったか尋ねられると、彼は嬉々として、自分たちの活躍を語った。
話を聞きたがる者は多く、そうした者は酒場で酒を奢っては、彼に話をしてくれと言った。そこで彼は張り切って、彼らが喜ぶような、やや(と言うかかなり)誇張した冒険譚を語った。
そうして、最後にこう言った。
「それにしても、闘ってる最中のあいつ、おっそろしく目つきが悪い。獲物を狙う鷹みたいな目つきだぜ。
あれで剣を構えて、雄叫びを上げて突進するんだ。怖いなんてものじゃないよ。悪人も泣いて逃げ出すしかないさ」
彼としては何を意図する事もなく、自分を持ち上げるため、ウィルフレッドを揶揄してみただけであった。
しかし、聴衆は、そうは思わなかった。
「鷹のような目の騎士……」
この言葉は、瞬く間に広まった。
そうして彼らの活躍(と言うか、大半がその同僚騎士の創作物語)が、あちこちで語られ、繰り返されているうちに、
「サー・ウィルフレッドは鷹の目を持っている。尊い隠者から、特別な力を授かり、それで雄々しく闘えるようになったのだ」
「あまりに素早く走るので、宙を舞っているかのようだった。彼のひとにらみで、盗賊たちは倒れ伏した」
「サー・ウィルフレッドは悪人の嘘や偽りを、その目であばき、鷹の声でもって相手を倒す」
などと言う、なんだそれは。という話に変化。
娯楽を求める人々によってさらに、やってもいない盗賊退治や、森の獣との戦闘の話が付け加えられて、あちこちに流出。
気づいた時には、『鷹のウィルフレッド(ウィルフレッド・ホーク)』という名前が定着してしまっていたのである。
ちなみに本人の感想は、
「飛んだりはねたりした挙げ句、奇声を上げて相手を睨みつけた、だと……? 俺は、気の触れた道化か」
今でも不本意らしい。
* * *
正式な騎士になった後、ウィルフレッドは城住みとなり、母の暮らす家に戻ることは、少なくなった。
しかし、ウィルフレッドがいなかった三年の間、母であるアンナにも変化は起きていた。
亡き夫の親友であり、今ではウィルフレッドの後見人のような立場となったサー・ジョージから、求婚されていたのである。
息子の消息が知れるまでは、と断り続けていたのだが、
ウィルフレッドが叙勲され、騎士となったのを見届けると、安心したのだろう。
サー・ジョージの申し出を受け、ひっそりと小さな式を挙げた。
やがて、娘が産まれる。
ウィルフレッドには妹となる、ローズ。
この頃には、ウィルフレッドは遠慮のようなものを感じたのか、母の元に行くことは、めったになくなっていた。
そうして、城での勤めをひたすら真面目に実直にこなし、
訓練、訓練、また訓練。
ただでさえ、女性の心理にうとかった男は、
朴念仁への道を突き進み続け、今に至る。
ちなみに母も、今では十二歳になったローズも、
それらしい女性のうわさはおろか、影すら見えないという状態が、あまりにも何年も続くので、
身分はもうどうでもよいから、幸せな結婚を! と日々願っているのだが……、
鈍すぎて全く気付いていない。