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魔法小路のただの茶屋  作者: ゆずはらしの
2.騎士がやって来た日。
23/79

ウィルフレッドという男。2

 そんなウィルフレッドは、良く間違えられるのだが、貴族出身というわけではない。


 長ったらしい名前に、ホークという名が後に続くので、それなりの家系の者なのかと思われる事がたまにあるが、

 彼の名前は実は、祖父と曾祖父が面倒くさがって、生まれてきた子供(彼の父親)に自分たちの名前、ウィルとフレッドを、そのままくっつけて名付けたものだ。

 その父親も、息子が生まれた時、名前を考えるのが面倒だったらしく、自分の名前をそのまま息子につけた。

 そうして、ホークという名は、実は彼の本名ではない。

 フォレシアの国では、貴族以外の庶民や下級騎士などには、家系はないに等しい。姓を持たぬ方が当り前である。

 しかしそれでは、同じ名前の者が大勢になって混乱する。

 だから庶民は、職業や、父親の息子、母親の娘、出身地などを、名前の後ろにつけて名乗る。


 鍛冶屋のディック、薬草師のマリー、ジャックの息子のサム、アンナの娘のローズ、

 窪地の村のロン、魚の村のミナ、という具合に。


 男性は父親の名を、女性は母親の名を、自分の系統として名乗る事が多かった。ことに、ミストレイクの庶民は女系の一族が多く、女性が一家の主として、法的に認められる場合も多かった。婿養子も珍しくはない。



 貴族はそうではない。家系を継いでゆくのは、男性に限られている。

 男性は父親の家系の名を名乗る。女性は男性の家に嫁ぐと、父親の家系の名のあとに、男性の家系の名を付け加える。息子や娘が生まれた場合は、どちらも父親の姓を名乗る。

 現ミストレイク侯と奥方のアリシアの場合、二人の正式な名前は、


 ロード・アラン・ウィリアムソン・ミストレイク(ウィリアムの息子、ミストレイク侯アラン)と、


 レディ・アリシア・ロンヘイル・ミストレイク(ロンヘイル家より嫁いだミストレイク侯夫人アリシア)となる。


 それが貴族の、決まりのようなものだった。



 だが、ウィルフレッドの名、ホークは、家系を現すものではない。

 単に、彼の名が父親の名と同じであったため、区別をつけるために、つけられたあだ名である。



* * *



 少年時代のウィルフレッドは、母親似のやさしい顔だちをした、物静かで感受性の強い少年だった。


 父であるウィルフレッドは、彼が物心つくころには既に故人。しかし彼は、ミストレイクでは良く知られた剣士だったらしく、ウィルフレッドは、『あの』ウィルフレッドの息子、と言われて育った。


 母、アンナは先代のレディ・ミストレイクの側仕えをしていた侍女であったが、夫が亡くなった時に職を辞し、城の近くにこじんまりとした家をいただくと、そこでウィルフレッドと暮らした。

 裁縫の腕があったので、時に城の貴婦人たちから、仕立ての仕事が入る。二人はそれらの収入から、つましく暮らした。


 やわらかな金の髪に灰色の目の少年は、母を助けて良く働いた。


 父の友人であったサー・ジョージが親子の様子を気にして、時に訪問してくれ、そんな時にはウィルフレッドは、父親とは、このような人だろうかと思ったものだった。


 筋骨たくましく、豪放磊落ごうほうらいらくな男だった父は、様々な逸話にことかかず、亡くなってからもあちこちで、『ミストレイクのウィルフレッド』の話が語られていた。


 そんな彼らが『ウィルフレッドの息子』に期待するものは、やはり、父親と同じような豪快な男。

 小さい内は良かったが、成長するにつれ、『ウィルフレッドの息子』には期待が寄せられるようになる。

 噂を聞いた物見高い人間が、わざわざのぞきに来る事すらもあった。


 そうした人は、母親似のウィルフレッドを見てがっかりし、仕立ての仕事をする母を助ける少年を見ると、侮蔑の表情を浮かべた。

 武器を持たぬ者は、男ではないという、勝手な持論を振りかざし、『あのウィルフレッドの息子がこんなものか』と吐き捨てたのである。

 ひどい者は、『父親と全く似ていない、なよなよした奴だ。母親が浮気をしたのではないか』とまで言った。


 母、アンナは何を言われても、気にした様子は見せなかった。しかし息子の方は、そうはいかなかった。何年も、何年も、そのような言葉を投げつけられ、彼はどんどんと鬱屈うっくつした。

 訪れるサー・ジョージが心配するほどに。

 そうしてある日。彼はふい、と家を出た。それから三年ほど、戻らなかったのである。




 その三年の間、彼がどこでどうしていたのか、今も知る者はいない。

 ただ、三年が過ぎて戻ってきたウィルフレッドは、かつてとはまるで違う青年になっていた。

 伸びた背に、鍛えられた体。隙のない動きに、鋭い目つき。

 どこで身につけたのか、冴えた剣技をふるう男になっていた。

 そうして彼はミストレイクの、領主主催の武術大会に出て、あっさり優勝してしまったのである。


 そんな彼が、領主の目に止まらぬはずがない。

 その頃、まだ引退していなかった先代ミストレイク侯ウィリアムは、彼の父であるウィルフレッドの事を良く知っていた。その息子という事で、彼は大会の最初から、ウィルフレッドに注目していた。

 大会で優勝した彼を見て、報奨を渡す場面で、即座に城へと誘致。

 彼はその場で城に召し抱えられる事になった。そうしてサー・ジョージの元で騎士としてのふるまいを学んだ後。

 叙勲され、騎士になった。



 新しい英雄の誕生だと、人々は、大いに彼を祝福した。


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