ウィルフレッドという男。1
フォレシアの国ミストレイクの騎士、ウィルフレッド・ホークは、生真面目、石頭、朴念仁と、三拍子そろった男だった。
剣の腕は領内でも一、二を争う。風采も良く、家柄はさほど高いわけではないが、低いというわけでもない。
あまりにも高過ぎる身分の者だと、婚約者などが子どものころから決まっている。身分の低い娘は最初から相手にしてもらえないだろうが、ほどほどの身分の者なら、平民でもどうかすれば、結婚相手に持ち込める。
ミストレイク侯の覚えもめでたく、今後の出世も見込まれる。そういうわけで、この若き騎士は、領内の娘たちの『恋人になりたい相手』、『結婚したい相手』第一位に輝いていた……叙勲されたばかりの、最初のころは。
しかし。
「サー・ウィル、エリーが。うちの妹がこれを団長にと……」
「そうか。何をしている、マーク。素振り百本がまだだぞ」
「あの、団長。厨房で働いているエイミって女の子が、そこで手を振……」
「厨房か。食事はまだだぞ、グイード。馬の様子は見たのか。騎士たるもの、馬は相棒にも等しい存在。健康管理に気を配れ」
「サー・ウィル、アイリスが団長に、その、汗をかいた時に手拭いをと言っ……」
「アイリス? ああ。良く差し入れをしてくれる女性だな。仲が良いな、エーリック。だが、任務に支障のないようにしておけよ」
騎士団長にまでなったウィルフレッド・ホークは、朴念仁に磨きをかけ、訓練、訓練、また訓練。部下をしごき、自分自身を鍛え、
彼に思いを寄せる娘たちの突撃を、ことごとくかわし続けた。本人にそれと自覚のないままに。
娘たちは語る。
「かなう限りまばたきをしたり、体をくねらせたりしてみたけれど、『どうした、腹でも痛いのか』って……あたしの魅力は腹痛と同じなの?」
「何度も、何度も、差し入れをして印象づけようとしてきたんだけど、『ああ、ありがとう』の一言で終わり。どうして女が差し入れをしに来るかって、考えた事もないのよ、あの人は……」
「あたし、あたし、魅力ない? そんなに女として終わってる?」
部下や同僚は語る。
「あの人の背後さあ。憧れてるのに声がかけられなくて、涙振り絞ってる娘さんが、ぞろぞろいるんだよね。
でもぜんっぜん気がつかないんだよ。殺気とかなら、すぐ気がつくのに」
「エリーにサー・ウィルに渡してって頼まれて、橋渡ししようとしたんだけど。お礼は言うけど、それだけなんだよ。はいどうぞ、ありがとう、で終わっちゃうんだ。
なんで自分に渡されてるのか、わかってないんだよ!
俺、最近じゃ、怨みのこもった目で見られるんだよ、妹に。何か邪魔してるんじゃないの、お兄ちゃんって!」
「気の毒に、アイリス……あれだけ熱視線送り続けているのに、騎士団の別の誰かが相手だと思われてるよ……」
あまりの鈍さに、自分では相手にされないとあきらめて、『サー・ウィルの心をつかめ』レースから脱落、別の誰かと結婚してゆく娘たちが続出。
本人に言わせれば、
「俺は、女性に好意を持ってもらった事などないぞ?
エイミは、騎士団の皆を気づかってくれ、ついでに俺に声をかけていただけだ。アイリスも同様だな。
騎士は皆を守る者。だからだろう。二人とも、気遣いの良く出来る女性だ。俺の同僚と結婚したが、あれだけの女性たちだ。きっと良い家庭を築くだろう。
マークの妹か?
エリーとか言ったか。騎士団の若手とこの間婚約したな。なんでも、悩み事を相談している内に親しくなったらしい。めでたい事だ」
との事であった。
秋波を送り続けた娘たちの好意を見当違いの方向に解釈し、見かねた彼の部下や同僚が取り持とうとすれば、そちらが網に引っかかる。
あまりにも手応えがないので『わたしには魅力がないの?』と悩んでいた娘は、なぐさめてくれた若手騎士に次々と心変わり。
その全てが、彼を中心に起きていると言うのに、本人のみが無風状態。
何が起きていたのか彼自身は全く気づくことのないまま、彼女たちの結婚を祝福するという、悲喜劇が繰り返されていた。
朴念仁も、ここに極まれりである。




