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魔法小路のただの茶屋  作者: ゆずはらしの
1.客が落ちていた日。
2/79

落ちていました。1

 その茶屋の、朝はさほど早くない。

 魔法小路の住人は、大体において夜を好む。

 だから通りのどの店も、早朝から開いていることは、ほとんどない。

 住人の時間に合わせてこの店も、昼過ぎから営業を始め、深夜まで開いている、というパターンが多い。

 さすがに一晩中、ということはないが、世間一般で知られている『喫茶店』や『茶屋』の営業時間からすると、かなり遅くまで開いていると言えるだろう。


 店の名前は、『ただの茶屋』。

 本当は、ちゃんとした名前があった。

 けれど最初にこの店にやって来た、どうやら迷い込んだらしい、どこぞの騎士は、珍しげに店内を観察し、首をひねり、しげしげと店主を眺めた挙げ句、



『なんだ。ただの茶屋か』



 と、言った。

 魔法小路に何か、期待していたらしい。

 そこで何の変哲もない店に出くわしたものだから、思わずそう言ってしまったのだろう。

 店主は答えた。



『はい、うちはただの茶屋です。

 お茶とお菓子がございますが、どうなさいますか』



 騎士はむすりとした顔をして、ロールケーキやスコーンを睨んでいたが、無言で席につき、出されたミルクティーと共に完食し、代金を置いて帰って行った。

 その後も何人か、同じような客が訪れた。

 彼らは一様に、驚いたり、呆れたりした後、決まって同じ台詞を言った。



『なんだ。ただの茶屋か』



 魔法小路にありながら、魔法のまの字も出て来ない、ごく当たり前の、普通の店。

 落胆しつつも、その店のお茶とお菓子を堪能たんのうすると、彼らは彼らの日常に戻って行った。


 繰り返されるうちに、店の名前は忘れ去られた。

 店は、『ただの茶屋』という通り名で、知られるようになってゆく。

 魔法小路の『ただの茶屋』。

 この店に出会うのは、ハズレだと言う者もいれば、

 実は、とても幸運だと言う者もいる。




☆★☆




 その日、店主はいつも通り、日がそれなりに昇ってから起き出した。

 顔を洗い、歯を磨いて口の中をきれいにする。それから古びたケトルに水を入れ、火にかける。

 目覚めのお茶を入れるために。

 湯が沸くまでに、髪を整える。

 眠い。

 そうこうしている内に湯が沸いた。ポットとカップに少し注ぎ、捨てる。

 温まったポットに茶葉を入れる。

 アッサムCTC。飲みやすく、扱いやすい。香りはやや弱いが、味がしっかりしているから、ミルクを入れるとちょうど良い。

 茶葉の量をはかり、ポットに入れてから、勢いよく湯を注ぐ。

 ふたをして、ティーコジーをかぶせ、蒸らす。

 このあたりの作業は、毎日しているので、特に意識せずともできる。

 時間をはかるために砂時計を置いて、さて、次はと思った時。



 ごとり。



 扉の方から、妙な音がした。

 店主は扉を見やった。

 しかしすぐに、目線をポットに戻した。

 砂時計の砂は、落ち続けている。ちょうど良い蒸らし時間でカップに注ぐのが、美味しい紅茶の第一歩。

 妙な音になど、かまっていられない。



 ごとり。



 再び音がした。

 店主は無視した。



 ごとり。ごとり。



 さらに音がした。

 店主はやっぱり、無視した。

 すると相手(がいるのかどうかはわからないが)は意地になったのだろうか。執拗しつように扉を震わせ、音をたて始めた。



 ごとり。

 ごとり。がた。

 ごとごとがたがたごとがた……、



 ずしゃあああっ!



「うえはわばっ、にゃにゃにゃにゃ~~~っっ!!!」



 ごろり、どたん、ざしょっ!



「……………」



 店主は顔を上げた。

 ごとり、はまあ、良いとしよう。ここは魔法小路だ。妙な呪文をかけられた郵便受けや植木鉢が、はずみながら道を行くこともあるだろう。

 ごとごと、がたがた、もしかり。

 ずしゃあああっ、も……まあ、良いとしよう。最後のごろりとか、どたんも。

 しかし、あの雄叫びは、なんだ?



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