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魔法小路のただの茶屋  作者: ゆずはらしの
1.客が落ちていた日。
15/79

美女とラップと、美味しいごはん。4



 厨房の方に引っ込んだ店主だったが、すぐに戻ってきた。手に、小さな紙袋を持っている。



「ショートブレッドとジンジャークッキーです。これも合わせて、全部で千円いただきますね」

「え、でも」



 クッキーの詰め合わせは普通、五百円ぐらいしないだろうか?



「クッキーは、三枚ずつで三百円いただいています。これは昨日の残り物ですから、値引きしました」



 店主が言った。ティラミスはそういうものか、と思いなおし、紙袋を受け取ると、千円を支払った。


 手から手へ、紙幣が渡される。その瞬間、



(……!?)



 まばゆい光が、目の前を走った。



(え、なに?)



 思わず目をつぶった。光は一瞬で広がり、自分を包み、……そして消えた。



(え? え?)



 おそるおそる目を開けると、そこは先ほどと同じ店の中。目の前には店主がおり、側にはおばば。店の中も変わりない。



(え? なんだったの、今の)



 唖然として目をぱちぱちとしばたいていると、「どうしました?」と店主に尋ねられた。



「え、いま……えっと? 何か光りませんでした?」

「外からの光が反射したのでしょう」



 あっさりと店主が言い、ティラミスは首をかしげた。



「外?」

「光線の加減で、車の窓や、ミラーが反射したりするでしょう? まぶしいですよね、あれ。いきなり見たら」

「あ、……そう? えと、……そう、かも」



 ミラーの反射か、と思ってからティラミスは、はた、となった。



「車……ひょわ、車っ!? え、いま何時……あわわ、あたし、どれぐらいここに~~~~っ!」



 なぜ、今まで気づかなかったのか。のんびりとした店主の対応に思わず乗せられていたのだが。

 自分は、確か、出勤途中……!



「ちちちちち、遅刻~~~~~っ!」



 ざーっと青ざめて叫ぶ。



「あああああ、だけど道、道まちがえ、かかか、会社はどっち! えわわ、ケータイ! ケータイ! 連絡入れないと……ああああ、怒られるうううううううっ!」



 あわあわしながら鞄を探し、ケータイを探して手を突っ込む。しかし、こんな時に限って見つからない。



「うわあ、うわあ、なんでこんな、なんで忘れてたりしたの、あたしってばあたしってば~~~~っ!」



 鞄の中をがさがささせながら、ティラミスは叫んだ。



「ティラミスさん。ティラミスさん、落ち着いて!」



 店主が声をかけてくる。涙目になりながら、ティラミスは店主にすがりついた。



「どど、どうしよう、どうしよう紅さん~!」

「慌てないで。深呼吸して下さい。はい、吸って。吐いて。ゆっくり」



 言われてティラミスは、思わず言われた通りに深呼吸をした。吸ってー。吐いてー。すー。はー。



「吸ってー。吐いてー。はい。落ち着きました?」

「えう。な、なんとか」



 がっくりと肩を落としながら、ティラミスは言った。



「なんであたし、こんなのんびり……出勤途中だったのに。全然。全く。まるっきり。思い出しもしないで、ごはん食べて、おしゃべりしていたなんて……」



 頭を抱える。店主はちらり、とおばばと視線を交わしたが、すぐにティラミスに目を戻した。



「大丈夫ですよ。そんなに時間はたっていませんから。

 それに、あなたは怪我をしていたでしょう。転んで。その事を話せば、大目に見てもらえますよ」

「そ、そうかなあ……」

「そうですよ。大丈夫」



 力づけるように言われ、ティラミスは何となく、強張っていた体から力を抜いた。



「そう、ですよね。うん。不可抗力もあったもの。ちょっとは叱られるかも、だけど。転んだって言ってみます」



 そう言って微笑むと、うん、とうなずかれた。



「それで、道ですけれどね。迷われたんでしょう?」

「あ、はい。ここからだと、薄荷山通り三丁目ってどっちの方向になります?」

「ここを出て、真っ直ぐ進んで下さい。明るい方へ。そうしたら、その通りが見える道に出ますよ。迷うことはありませんから」

「そうなんですか? 良かった」



 ぱっ、と笑ったティラミスは、ごちゃごちゃになった鞄の中身に目を落とすと、「あ~」と言いつつ、適当に整えた。

 店主から渡された紙袋も、そっと中に入れる。



「朝ごはん、本当に美味しかった。手当てもしてくれて、愚痴も聞いてくれて、ありがとうございました」



 ぺこり、と店主に頭を下げる。



「もう行くか?」



 おばばが言うのに、そちらにも笑顔を向けた。



「はい。おばば……さんも。えーと、ありがとうございました」

「わしゃ、なんもしとらんがのう。おお、そうじゃ」



 おばばはそこで、ごそごそ、と懐を探った。そうして何かを取り出した。



「これをやろう」

「え」



 ティラミスはまばたいた。おごそかに差し出されたおばばの手のひらの上に乗っている物。

 赤い装飾の入った、セロファンの袋。

 小さく、ヒーローらしきイラストが描かれている。

 袋には大きく、こう書いてあった。



『元祖するめジャーキー 安心カムカムパワー』



「……」



 中に入っているのは、明らかに『するめ』だった。



「おばばさまは、駄菓子スキーなので……」



 何かを取りなすように、店主が言った。ティラミスは何か言うべきかと思ったが、何を言えば良いのかわからず、おそるおそる、その袋を受け取った。



「美味じゃぞ」

「あ、ありがとう、ございます?」



 するめだから、カムカムなのか。にしても、カムカムパワーって何だ。それよりも、このヒーローは何を意味しているのだ。

 疑問の尽きない一品だった。

 とりあえず、それも鞄にしまうと、ティラミスは改めて、二人に頭を下げた。



「あの、本当にありがとうございました」

「気にするな。まあ、良い商いができたわな」



 手当てをしたわけでも、商売をしたわけでもないのに、なぜかおばばが胸を張って言う。



「気をつけて。まっすぐ歩くんですよ」



 店主が苦笑してから、そう言う。



「ああ、そうだ。逆むけですけれどね。

 水仕事をする時に、ハンドクリームやオリーブオイルをすりこんでおいて、薄いゴム手袋をはめた上から熱めのお湯を使ってすると、手のケアになるそうですよ」

「そうなんですか?」

「ええ。熱でオイルが皮膚に浸透しやすくなります。あと、冬場には。寝る前にオイルを塗って、指先を軽く揉んでから、薄い木綿の手袋をはめておくと良いです……それでなくとも、時々は、指先をいたわってあげて下さい」

「はい。ありがとうございました」



 ティラミスは笑顔でもう一度、ぺこりと頭を下げた。



「それじゃ、失礼します!」



 そう言うと、扉を開けて外へ出てゆく。


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