美女とラップと、美味しいごはん。2
その場に沈黙が落ちた。
「ああ、あ~、そう言えば。お腹が鳴っていましたね」
店主が思わずという風に言う。ティラミスは、ぎゃー! と叫んで真っ赤になった。
「それ、言わないでください~! 恥ずかしいんですからぁ!」
「空腹?」
おばばが首をかしげた。
「ぬしは、贅を凝らした食事を求めてでもおったのか?」
「は? え、いいえ? お腹すいたなあ、ちょっとぱくっとできるもの食べたいなあ、ぐらいですよ?」
ティラミスは答えた。
「だって、朝ごはんだし! こってりしたもの、入らないですよ。気取った食事なんて、がらじゃないし。
紅さんのベーグルサンドとミルクティー、ほんっとに美味しかったあ~……」
うっとり。という顔で言う。おばばは、口の端をぴくぴくさせた。
「では、ぬしの、この小路を訪れた目的は。
ごく普通の。当り前の。『ただの食事』を求めることであったと?」
ひきひきと、頬が痙攣している。今にも笑い出しそうだ。
「『ただの茶屋』に……、求めたのが、『ただの食事』っ」
「洒落じゃないんですよ、おばばさま」
店主の言葉を無視して、おばばはげらげら笑い出した。
「そうか、ただの食事をの。いや、この店に来るはずじゃ! うはははは! ここは『ただの茶屋』じゃからのう。美味かったか、ここの食事は!」
「はいっ! もう、すんごい満足~」
「そうじゃろ、紅どのは、妙なところに凝るお人じゃでな! 一見どこにでもあるような食事にも、手は抜いておらん。はっは!」
ひとしきり笑ってから、おばばは目に笑いを残した顔のまま、店主のほうを見た。
「さて。紅どの。それではこの娘さんはすでに、目的を果たしたことになりよるぞ。
客が商品を選んだのであれば、あるじは対価を受取らねばならん。それが、どのようなものであろうとな」
「あれは、商品ではありませんよ。わたしの朝食を分けただけですから」
店主は、狼狽気味に言った。おばばは、ふふ、と笑った。
「馬鹿なことを言うでない。求めるものが、求めたものを手にしたのじゃ。立派に成立しておるわ。売り手と買い手、店と客の関係がな。
おまえさん、ここに店を出して何年になる。
客が不本意であろうと、店のものが不本意であろうと。売り買いの契約が成っておるのなら、おまえさんは対価を受け取らねばならん。何があってもな。それが、ここの法じゃ」
それからおばばは、何を言っているのかさっぱり。という顔をしているティラミスの方を向いた。
「娘さん。おまえさん、満足したかえ? 出された食事に」
「え、あ、はいっ。すごく元気出ました。満足って言うか、もう、うれしくて」
えへへ、と笑ってティラミスは、店主の方を向いた。
「あのね、紅さん。わたし、落ち込んでたんですよ。ほんとに。ここに来るまで。
お腹はすいてるし、肌はぼろぼろだし、憂鬱だし……さかむけしちゃって、痛いし。もう、どよ~ん、どよ~ん、って感じでした。
でもね、紅さん、何にも言わないで、手当てして。愚痴聞いてくれて。ごはん、出してくれて。お肌のケアとか教えてくれて。
なんだかね、それ、すごくうれしかった」
「最後の『お肌のケア』は、わしもちょっと聞きたいぞい」
おばばがぼそりと言った。
「紅さんは、商品じゃないって言ったけど。そういうの込みで、すっごいプレゼントみたいなの、もらった気がするの。
おばばさんの言ってること、よくわからないけど……あの朝ごはんの分の代金、お支払いさせて下さい。材料費だってかかってるでしょ?」
そう言って、ティラミスが手を合わせると、店主は困った顔で天井を仰いだ。
「わたしが嫌なんですよ。ああいう、適当に作ったもので対価をいただくなんて……ああ、でも、確かにそうですね……何らかのものは、受け取らないといけませんね」
おばばが厳しい眼差しを寄越したのに気付き、店主は肩を落とした。
「ティラミスさんは、どれぐらいが妥当だと思われます?」