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魔法小路のただの茶屋  作者: ゆずはらしの
1.客が落ちていた日。
13/79

美女とラップと、美味しいごはん。2



 その場に沈黙が落ちた。



「ああ、あ~、そう言えば。お腹が鳴っていましたね」



 店主が思わずという風に言う。ティラミスは、ぎゃー! と叫んで真っ赤になった。



「それ、言わないでください~! 恥ずかしいんですからぁ!」

「空腹?」



 おばばが首をかしげた。



「ぬしは、ぜいを凝らした食事を求めてでもおったのか?」

「は? え、いいえ? お腹すいたなあ、ちょっとぱくっとできるもの食べたいなあ、ぐらいですよ?」



 ティラミスは答えた。



「だって、朝ごはんだし! こってりしたもの、入らないですよ。気取った食事なんて、がらじゃないし。

 紅さんのベーグルサンドとミルクティー、ほんっとに美味しかったあ~……」



 うっとり。という顔で言う。おばばは、口の端をぴくぴくさせた。



「では、ぬしの、この小路を訪れた目的は。

 ごく普通の。当り前の。『ただの食事』を求めることであったと?」



 ひきひきと、頬が痙攣けいれんしている。今にも笑い出しそうだ。



「『ただの茶屋』に……、求めたのが、『ただの食事』っ」

「洒落じゃないんですよ、おばばさま」



 店主の言葉を無視して、おばばはげらげら笑い出した。



「そうか、ただの食事をの。いや、この店に来るはずじゃ! うはははは! ここは『ただの茶屋』じゃからのう。美味かったか、ここの食事は!」

「はいっ! もう、すんごい満足~」

「そうじゃろ、紅どのは、妙なところに凝るお人じゃでな! 一見どこにでもあるような食事にも、手は抜いておらん。はっは!」



 ひとしきり笑ってから、おばばは目に笑いを残した顔のまま、店主のほうを見た。



「さて。紅どの。それではこの娘さんはすでに、目的を果たしたことになりよるぞ。

 客が商品を選んだのであれば、あるじは対価を受取らねばならん。それが、どのようなものであろうとな」

「あれは、商品ではありませんよ。わたしの朝食を分けただけですから」



 店主は、狼狽ろうばい気味に言った。おばばは、ふふ、と笑った。



「馬鹿なことを言うでない。求めるものが、求めたものを手にしたのじゃ。立派に成立しておるわ。売り手と買い手、店と客の関係がな。

 おまえさん、ここに店を出して何年になる。

 客が不本意であろうと、店のものが不本意であろうと。売り買いの契約が成っておるのなら、おまえさんは対価を受け取らねばならん。何があってもな。それが、ここの法じゃ」



 それからおばばは、何を言っているのかさっぱり。という顔をしているティラミスの方を向いた。



「娘さん。おまえさん、満足したかえ? 出された食事に」

「え、あ、はいっ。すごく元気出ました。満足って言うか、もう、うれしくて」



 えへへ、と笑ってティラミスは、店主の方を向いた。



「あのね、紅さん。わたし、落ち込んでたんですよ。ほんとに。ここに来るまで。

 お腹はすいてるし、肌はぼろぼろだし、憂鬱だし……さかむけしちゃって、痛いし。もう、どよ~ん、どよ~ん、って感じでした。

 でもね、紅さん、何にも言わないで、手当てして。愚痴聞いてくれて。ごはん、出してくれて。お肌のケアとか教えてくれて。

 なんだかね、それ、すごくうれしかった」

「最後の『お肌のケア』は、わしもちょっと聞きたいぞい」



 おばばがぼそりと言った。



「紅さんは、商品じゃないって言ったけど。そういうの込みで、すっごいプレゼントみたいなの、もらった気がするの。

 おばばさんの言ってること、よくわからないけど……あの朝ごはんの分の代金、お支払いさせて下さい。材料費だってかかってるでしょ?」



 そう言って、ティラミスが手を合わせると、店主は困った顔で天井を仰いだ。



「わたしが嫌なんですよ。ああいう、適当に作ったもので対価をいただくなんて……ああ、でも、確かにそうですね……何らかのものは、受け取らないといけませんね」



 おばばが厳しい眼差しを寄越したのに気付き、店主は肩を落とした。



「ティラミスさんは、どれぐらいが妥当だと思われます?」


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