表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔法小路のただの茶屋  作者: ゆずはらしの
1.客が落ちていた日。
12/79

美女とラップと、美味しいごはん。1




 しばらくそうしていると、「邪魔するよ」という声がした。そちらに目をやると、若い女性が戸口に立っていた。



「おや。店主は留守かね」


(おお、ボン、キュッ、ボン!)



 思わずティラミスは心の中でそう言ってしまった。そこにいたのは、二十代ぐらいのスタイルの良い女性。髪はきりっとしたショートで、耳の下辺りで切り揃えられている。化粧は派手すぎず、それでいて女らしさを演出しており、クリーム色のスーツがぴしりと決まっていて目にまぶしい。



「あ、いえ、紅さんなら奥に……」

「この時間帯には珍しい。おまえさん、あれの客かえ?」



 ティラミスの返事を無視するかのように、女性はヒールの音を響かせてつかつかと歩み寄って来ると、しげしげという風にこちらを見た。



「外の匂いがしよるのう」

「は? ニオイ?」



 転んだ時の泥が、ついたままだったのだろうか、とティラミスは思った。にしても、この女性、



「ふうむ。珍しいが……まあ、ないわけではないわな。で、何をしておるのかの?」



 言葉づかいが。古風と言うか。ちょっと変わってないだろうか?



「えと、あの、……転んじゃって、泥だらけになったんです。で、紅さんが、あの。手当てとかしてくれて、その」

「ほー」

「なななんだか、わたしにも良くわからないんですけどっ。あの。こうやったら逆むけに良いらしくって」

「ほほう」



 あわあわしながら説明すると、女性は面白そうな顔になった。



「して、おまえさん、ここでは何を求めたのかの?」

「求めた?」

「なんぞ、対価を支払って、受け取ったのではないのか?」

「た、対価? えと……、代金? あの、まだ払ってません。そういえば、あのベーグルサンド、いくらするんだろ?」



 厚かましくも開店前の店に上がり込み、朝御飯をいただいてしまった事を思い出して、ティラミスは慌てた。そうだ。お金を払わないと!



「あれは売り物ではありませんから、代金はいただけませんよ」



 そこで、店主の声がした。厨房から戻ってきた店主が、女性に会釈する。知り合いのようだ。



「対価なしで?」



  女性は、顔をしかめた。店主は苦笑らしきものを顔に浮かべた。



「いただいていません。これはお詫びですから」

「詫び? なんぞあったのか」

「小さな人びとが悪戯をしまして。こちらに迷惑をかけてしまいました」



 それで意味がわかったらしい。ショートカットの女性は「ああ、」と言ってうなずいた。



「あれらも、悪いものではないんじゃがなあ。たまに遊び感覚でやらかしおる。まじないは、役に立たんじゃったか?」

「その前に、こちらが転ばされてしまって」

「それでか。しかし……」



 女性は、ちら、とティラミスを見やると首をかしげた。



「外の者じゃろ」

「ええ。迷って来られて」

「そりゃ、」



 うーむとうなり、女性は首を振った。



「なるほど。運の良いことじゃ」

「え、えーっと?」



 ティラミスには、二人の会話がわからない。ひたすら頭の周囲にクエスチョンマークを飛び回らせている。女性は、ティラミスの方を向いた。



「迷って来たのじゃろ、娘さん。紅どのは、面倒見が良い御仁じゃでな。転んだのは、おまえさんの運の強さがあったからじゃ。

 ここで転ばなけりゃ、おまえさん、道を見失うておったぞ」



 そう言われ、目をぱちぱちとする。



「えっと、……はい。紅さんには本当、良くしていただいて……えっと。ラッキーだったと思ってます」

「うむ」

「あのあの、ええっと……ところで、あなたは」

「わしのことは、おばばと呼べ」



 ショートカットの美女に言われ、ティラミスは「はい?」と首をかしげた。こんなに若いのに、なぜ『おばば』?



「ニックネームのようなものです」



 店主に言われ、「はあ」と相槌を打つ。でも良くわからない。



「えと……変わったあだ名、ですね?」

「おう。この名は通りも良いし、名乗りやすくもあるでな。遠慮なく呼んでよいぞ。

 して、娘。おまえさん、ここで何を求める? まだ聞いておらなんだが」

「は」



 いきなり変わった話題に、目をぱちぱちとする。困惑しているティラミスに、店主が近寄り、乗せていたタオルを取り除いた。



「『迷い客』ですよ、おばばさま。酷なことを尋ねたりなさいますな」



 店主が静かに言う。おばばと呼ばれた女性は肩をすくめた。



「紅どのも知っていよう。この場所は、理由もなく人を迷わせるわけではない。ここに来る者にはおしなべて、その者にとっての個人的な理由があり、その理由によって引っかかるのじゃ。

 それがここに来る大原則であり、重んじねばならぬ法則でもある」

「知っていますが。この方の場合は、……ラップを外しますよ、ティラミスさん」



 そう言うと、店主はラップフィルムを外し始めた。ティラミスは、自分の指を見た。油がまだ残っていて、しっとりしている。



「これ、逆むけの治療なんですか?」

「民間療法を多少、いじっただけのものです。医療行為ではありません。ですが、指先は楽になります」



 店主はティラミスの手から、ラップフィルムをすべて外した。



「どうしてラップを?」

「傷口は、湿らせておいた方が早く治るんですよ」

「え? そうなんですか? 乾かした方が良いってわたし、聞いてたけど……」

「『湿潤療法しつじゅんりょうほう』というのが、最近、知られ出したと思いますが。傷ができると、膿が出るでしょう。あれは、傷ついた部分を保護しようと、体が出しているんです。

 傷口を乾かしてしまうと、逆に治りが遅くなり、跡も残りやすいんですよ。

 適度に湿らせておいた方が、回復は早くなります。火傷にアロエを使う事もあるでしょう?」

「あろえ?」

「知らないかな……、『医者いらず』と呼ばれた薬草ですが」

「あそこにあるぞい」



 おばばが、店の隅にあるプランターを指さした。そこにはとげとげのある葉っぱばかりの、見栄えのあまりよろしくない植物が、でん、と鎮座ましましていた。



「サボテンかと思ってた……」

「似てはいますね。あの植物は、葉の内側に、ゼリー状の繊維を持っていて。そこに水分を溜めているんです。

 そのゼリーの部分を当てておくと、適度に湿りけがあって、患部を冷やすので。ちょっとした傷や火傷には、あの植物を使うのが、昔から良く行われてきました」

「へえ……」



 そうなんだー、とつぶやいていると、おばばと名乗った女性が、のんきじゃのう、と言った。



「紅どの。おまえさん、この娘さんに傷の手当ての講釈を垂れて、終わりにするつもりではあるまいの?」

「いえ、まあ……この方との会話は楽しかったもので」

「それは構わんが。客なら客として扱わねば、この娘さんにとっても良くないぞえ。店に入り、対価も払わず出たとあれば、何が、どのように反応するかわからん。

 下手をすればこの娘さん、二度と戻れんぞ」



 最後の言葉は低く、ティラミスの耳には届かなかった。けれど、おばばの表情から、何かあると思った彼女は、店主とおばばを見比べた。



「のう、娘さん。おまえさん、ここへは何をしに来たのかえ? 何ぞ、欲しいものでもあったか」



 おばばの言葉に、ティラミスは首をかしげる。



「欲しいもの?」

「ここに迷い込んだ時、なにを考えておったか、じゃが」

「道を間違えたかなって、焦ってただけですけど……」

「これが欲しい、というものはなかったのか? まあ、世の中には、人にはそうおいそれとは言えない望みというものも、あるがなあ」



 おばばの言い方は軽いものだったが、どこか皮肉めいた響きもあった。『人にはそうおいそれとは言えない望み』に、何か嫌な思い出でもあるらしい。

 ティラミスも、さすがに気付いた。最も、何かちくりと言われたな、ぐらいで、明確なものは感じ取れなかったのだが。



「え、なんですか、それ。そんなのない……あ」



 眉をひそめてそう言いかけ、そこではた、と思い当たり、ティラミスは言葉を止めた。



「なんじゃ。欲しいものがあったのか」

「あー。えー」



 ティラミスは赤くなっていた。なぜか、視線をうろうろとさまよわせる。



「あったんじゃな。何じゃ? 言うてみ?」



 その様子に、何かあると確信したらしい。おばばが問うた。おそらく、それがここへ迷い込む鍵になったんじゃろな、と小さくつぶやく。

 それは、挙動不審な様子を見せるティラミスの耳には入らなかった。店主の耳には入ったが。



「その、ええっと」

「何だったんです?」



 店主がうながす。ティラミスは、赤い顔でうつむいた。



「いや、欲しいと言うか……、……でした」



 ぼそりと言う。



「え?」

「なに?」

「だから、」



 顔を上げる。



「空腹だったんです。すっごく、お腹がすいてたんですよ~~!」


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ