表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔法小路のただの茶屋  作者: ゆずはらしの
1.客が落ちていた日。
11/79

レッツ、リフレッシュなリラックス。6



「出血しているのなら、それは立派に傷口ですから。手当てしてください」



 店主に言われ、ティラミスは何となく、小さくなった。



「ええっと、でも面倒だし……ごめんなさい」

「面倒でも、ケアしてあげて下さい。手は、体の中でも目立って良く働いてくれている部分なんですから。時にはいたわってあげることも必要ですよ」

「はい……」



 さて、と言うと店主はティラミスの右手を取って、温まった油を手にぬり始めた。

 ふわん、とほのかに甘い香り。



「うーん、ほんのり、かすかにいいニオイ~……って。油! まんま油ですよね、それ?」



 湯せんしていた油を、まさか手に塗るとは思っていなかったので、ティラミスは慌てた。店主は平然として答えた。



「そうですね。全部食べられる材料でできていますから、食べることもできますよ」

「え、オリーブオイル、そのまま食べたりしないでしょ」

「ドレッシング作る時に」

「ドレッシングは市販の……はにゃ」



 ていねいに指の間まで油を塗られ、くるくると指先で円を描くようになぞられる。

 油があるからか、皮膚がひっかかることなく、なめらかに円が描かれた。



「ちょっと揉んでおきますね」

「は、」



 指を引っ張られたり、指先を揉まれたり。



「にゃ、なんで揉むんですかあ」

「逆むけになってしまう原因は、いろいろありますが。マニキュアやリムーバーの使い過ぎ、ビタミン不足。あと、冷えて血流が悪くなっているっていうのもあるんですよ。

 最初に手を取った時、指先が冷えていて、硬い感じだったので……少し、流れを良くしておきましょう」

「あう、でも、なんで油……それならハンドクリームとか」

「昔から、傷の手当てに油を使うことは良く行われてきたんですよ。薬草を漬け込んだ油を、薬として塗布する。時には、普通の油を薬として塗りました。

 今の日本のように、どこででも薬が手に入るような時代は、ほとんどなかった。

 抗生物質が作られるようになったのは、二十世紀になってからです。薬が工場で、大量生産できるようになったのも。それまでは自然にあるものを薬とし、工夫して使用していた。

 それに、台所にある材料でできちゃう方が、家事の合間にできるし、長続きするでしょう?」



 店主はそう言いながら、ティラミスの指を一本一本、ていねいに揉んでいる。



「クリーム作っても良いですけどね……時間がかかるし、別に材料を買ってこないといけないんですよ。それよりは、こっちの方が簡単なので」

「へ? え? クリームって作れるの……? ま、まさか、生クリームとか!?」



 自分が生クリームだらけになっている姿を、ティラミスは思わず想像していた。



「いえ、もっと長持ちする材料で作ります。油を乳化するための土や、蜜ろうを使います。ゲル化剤を使えば、軽い感触のジェルにもなりますけれど」

「は、また土?」



 どうやったら、土でクリームができるのか。想像できない。

 目を白黒させているティラミスにかまわず、店主はくるくるとマッサージを続けてゆく。



「傷を治すのには、ビタミンCがあると早いんですよ。取ってます? ビタミンC」

「は? えーと、普通にオレンジジュースとかは飲んでます……けど」

「ストレスが多いと、体の中でビタミンCがどんどん消費される。一日のうち、何度か分けて、こまめに取った方が良いですよ。

 ほかに、皮膚に良いのはビタミンAやB2、B6……」



 店主の手が止まり、何かを確かめるかのように、ティラミスの右手を包んだ。



「指先、いつも冷たいでしょう」

「あ? え? えと、……はい」

「先ほども言いましたが、ヨガやストレッチで、体の中の気の巡りや、リンパの流れを良くして下さいね。

 手先が冷えていると、栄養も回りにくくなる。それがささくれを作る原因になったりするんですよ」



 店主の手は、温かかった。



「紅さんの手、あったかいですね。何だか……ほっとする」

「水仕事の後は冷たいですよ」



 ちょっと笑ってから、店主は手を離した。ティラミスは何となく、残念な気がした。



「……って、それ何ですか!」



 そう思っていたところ、次に店主が取り出したものを見て、ティラミスは思わず突っ込んでいた。店主は答えた。



「ラップフィルムです」



 それは、どう見てもラップだった。

 料理をレンジに入れる時に、包んだりする、あれ。

 透明で、でも濡れるとべちゃっとしてしまう、取り出す時に失敗してくっついてしまうと、あとが結構面倒な、

 ご家庭に一つはあるだろう、透明なフィルム。



「どうするんですか、それ……」

「傷に巻きます」

「なんで傷口! だだだったら、絆創膏で良いでしょう! 絆創膏が良いです、わたし!」

「はいはい。じゃ、巻きますね」



 店主はラップフィルムを適当に切ると、手際よくティラミスの指を一本ずつ、巻いてしまう。



「え、うえ、ええ??」

「手の他の部分にも巻いておきます。次は左手」



 唖然としている間に、左手も同じように油を塗られ、指先を揉まれ、ラップフィルムで包まれてしまった。

 ティラミスは、十本の指と手にラップを巻き付けた状態で、手をお化けのようにだらんとさせながら、呆然として座っていた。

 店主はその手を取ると、タオルの上に置いた。続いて別のタオルを湯につけてしぼり、ほかほかとしたそれを、ティラミスの手の上に置く。



「あのあのあの?」

「ん、よし。しばらくそうしていて下さいね」

「えええええ?」



 何がどうして、どうなった。

 そう思っていると、目の前で、店主がボウルや油の瓶を片づけ始める。トレイの上に並べてひょいと持ち上げると、厨房の方に行ってしまった。



 わたしはどうすれば。



 呆然としながらティラミスは、ラップに巻かれた手をタオルの上に置き、座っていた。と言うか、動けない。上に乗っているタオルが落ちそうで。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ