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魔法小路のただの茶屋  作者: ゆずはらしの
1.客が落ちていた日。
10/79

レッツ、リフレッシュなリラックス。5

「わたしも使い終わった後のものは、コンポストに入れて堆肥たいひにしています」

「堆肥?」

「お茶や料理に使うハーブ、育てているので。肥料に使っています。

 堆肥にすると、ゴミが少なくなるし……ここで小さな世界が循環していると、実感したりもしますよ」



 店主がボウルに湯を注ぐ。次にマグカップに油を入れた。ハーブの入っている油だ。別の小瓶から、黄色い油も加える。それから店主は、マグカップの中の油をスプーンでかきまぜた。

 そのマグカップを、湯の入ったボウルの中にそっと置く。

 一連の作業はなめらかに行われて、ティラミスはなんとなく、目が離せなかった。



「それ、何をしてるんですか」

「湯せんしています。ちょっと温めた方が良いので」



 温まった油から、ふわん、とほんのり、甘い香りがした。



(あ、いいニオイ……)



 ほのかに漂う香りに、ティラミスは、少しなごんだ。



「それって、何の油なんですか?」

「最初のが、バラとラベンダーを漬けたオリーブオイル。アレルギーを起こす人の少ないハーブです。

 後から加えたのは、カレンデュラのオイルです。キンセンカって言ったらわかりますか? 黄色い菊科の花」

「お仏壇に、良く供えてある花かなあ」

「それです。花の色素にカロチンがあって、ビタミンAが豊富なんです。昔から、傷の手当てに良く使われてきました……ビタミンAは、皮膚の損傷を治したり、血管を強くするんですよ。油に漬け込んで、ひたすら湯せんして作るんで、ちょっと大変なんですが。

 ……じゃあ、そろそろお湯から手を出して」



 やわらかくうながされ、ティラミスは湯から手を出した。タオルを渡されたので、濡れた手を拭いていると、



「力を込めてこすらないで。優しく。そっと、水分を吸い取らせて下さい」



 と、言われてしまった。自分でも気がつかないうちに、荒っぽく拭いていたらしい。

 オートミールの湯に浸かっていた手を、軽くこすりあわせてみる。湯につけていた肌は、しっとりしていた。何となく、すべすべになっているような気もする。



「オートミールって、入浴剤になるんですねえ……」

「西洋は、硬水こうすいが多いので」

「香水?」

「硬水。硬い水、です。外国へ旅行した人が、生水を飲んでお腹を壊したと、聞いたことはありませんか」

「えーと……そうだっけ」



 ティラミスは首をかしげた。言われてみれば確かに、生水を飲むとお腹を壊すと聞いたことがあるような、ないような。



「日本はほとんどが軟水なんすいですが、海外では、硬水が一般的なんです。カルシウムイオンやマグネシウムイオンが多くて……そういう水をたくさん飲むと、下痢をしてしまうのですよ。

 触った感触も硬いので、肌への負担が大きい。肉などの煮込み料理には、適しているのですが。

 それで、湯を柔らかくするのに、いろいろなものを利用してきたのでしょう。オートミールや、油や、土を混ぜて」

「土?」

「イオンを反応させて、カルシウムを沈殿させるんです。そうしたら、水が柔らかくなる。灰とか、炭酸塩とか、アルカリの強い物質。

 泥炭が混じると、湯が柔らかくなっていたようですよ。水の色は茶色になってしまいますが」



 ふうん、とティラミスはつぶやいた。良くわからない。



「硬水って、肌に良くないんですか?」

「体を浄化する作用がありますから、一概にそうだとは言えませんね。下痢をするのは、体のなかの不要なものを、外に出す力が強いからですし。

 ダイエット目的で、硬水を飲む人もいますよ。

 けれど、肌の弱い人が硬水のお風呂に入ると、赤くなってひりひりするのも確かです。

 お茶を淹れるのにも、味が変わってしまうので、うちではお茶には、軟水を使っています」



 店主はティラミスの手を取ると、指先を確かめるように触れた。逆むけている爪の横の部分、とげのように飛び出ているささくれを、軽く押す。



「あにゃ」



 思わず、ティラミスはそういう声を出していた。



「痛かったですか」

「い、いえ。ちょっとびっくりしただけ。あの?」

「どういう状態か、確かめました。お湯につけたから、ふやけて柔らかくなっている」

「あ、はい」



 店主は小さなハサミを取り出すと、ささくれをちょん、と、切った。思わずティラミスはまた、「あにゃにゃっ」という声を出していた。



「え、えーと。今のは何を?」

「ささくれを切りました」

「それは見たらわかりますが。なんで?」

「このままでは、ひっかかって痛いでしょう?」



 その通りなのだが。



「あの~……、でも。そうやって切っても、またすぐ出来てしまうので……無駄と言うか。あんまり意味ないんです……」

「そうですか?」

「はい。何度も、引っ張って抜いたりしたんですが、すぐに同じところにできちゃって……」



 そこで店主は、眉を上げた。



「引っ張って抜いた?」



 その表情に、何かまずい事を言っただろうか、とティラミスは思った。



「ええと……」

「今まで、どんな治療を?」

「え、治療と言うか。ひっかかったら痛いから……あの。ピンセットでつまんで、えいやっとむしってましたけど」



 店主が唖然とした顔をした。自分で言っておきながら、さすがに乱暴だったか、とティラミスは思った。



「それ、流血沙汰になったのでは?」

「あー、はい。むしった後は、よく出血してました」

「その後は、どうしていましたか」

「え、特に何も。放っておいたら血は止まるし……え、ええ?」



 いきなり天を仰ぐようなしぐさをした店主に、ティラミスは慌てた。何か自分は、間違ったことを言ったのだろうか?


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