レッツ、リフレッシュなリラックス。5
「わたしも使い終わった後のものは、コンポストに入れて堆肥にしています」
「堆肥?」
「お茶や料理に使うハーブ、育てているので。肥料に使っています。
堆肥にすると、ゴミが少なくなるし……ここで小さな世界が循環していると、実感したりもしますよ」
店主がボウルに湯を注ぐ。次にマグカップに油を入れた。ハーブの入っている油だ。別の小瓶から、黄色い油も加える。それから店主は、マグカップの中の油をスプーンでかきまぜた。
そのマグカップを、湯の入ったボウルの中にそっと置く。
一連の作業はなめらかに行われて、ティラミスはなんとなく、目が離せなかった。
「それ、何をしてるんですか」
「湯せんしています。ちょっと温めた方が良いので」
温まった油から、ふわん、とほんのり、甘い香りがした。
(あ、いいニオイ……)
ほのかに漂う香りに、ティラミスは、少しなごんだ。
「それって、何の油なんですか?」
「最初のが、バラとラベンダーを漬けたオリーブオイル。アレルギーを起こす人の少ないハーブです。
後から加えたのは、カレンデュラのオイルです。キンセンカって言ったらわかりますか? 黄色い菊科の花」
「お仏壇に、良く供えてある花かなあ」
「それです。花の色素にカロチンがあって、ビタミンAが豊富なんです。昔から、傷の手当てに良く使われてきました……ビタミンAは、皮膚の損傷を治したり、血管を強くするんですよ。油に漬け込んで、ひたすら湯せんして作るんで、ちょっと大変なんですが。
……じゃあ、そろそろお湯から手を出して」
やわらかくうながされ、ティラミスは湯から手を出した。タオルを渡されたので、濡れた手を拭いていると、
「力を込めてこすらないで。優しく。そっと、水分を吸い取らせて下さい」
と、言われてしまった。自分でも気がつかないうちに、荒っぽく拭いていたらしい。
オートミールの湯に浸かっていた手を、軽くこすりあわせてみる。湯につけていた肌は、しっとりしていた。何となく、すべすべになっているような気もする。
「オートミールって、入浴剤になるんですねえ……」
「西洋は、硬水が多いので」
「香水?」
「硬水。硬い水、です。外国へ旅行した人が、生水を飲んでお腹を壊したと、聞いたことはありませんか」
「えーと……そうだっけ」
ティラミスは首をかしげた。言われてみれば確かに、生水を飲むとお腹を壊すと聞いたことがあるような、ないような。
「日本はほとんどが軟水ですが、海外では、硬水が一般的なんです。カルシウムイオンやマグネシウムイオンが多くて……そういう水をたくさん飲むと、下痢をしてしまうのですよ。
触った感触も硬いので、肌への負担が大きい。肉などの煮込み料理には、適しているのですが。
それで、湯を柔らかくするのに、いろいろなものを利用してきたのでしょう。オートミールや、油や、土を混ぜて」
「土?」
「イオンを反応させて、カルシウムを沈殿させるんです。そうしたら、水が柔らかくなる。灰とか、炭酸塩とか、アルカリの強い物質。
泥炭が混じると、湯が柔らかくなっていたようですよ。水の色は茶色になってしまいますが」
ふうん、とティラミスはつぶやいた。良くわからない。
「硬水って、肌に良くないんですか?」
「体を浄化する作用がありますから、一概にそうだとは言えませんね。下痢をするのは、体のなかの不要なものを、外に出す力が強いからですし。
ダイエット目的で、硬水を飲む人もいますよ。
けれど、肌の弱い人が硬水のお風呂に入ると、赤くなってひりひりするのも確かです。
お茶を淹れるのにも、味が変わってしまうので、うちではお茶には、軟水を使っています」
店主はティラミスの手を取ると、指先を確かめるように触れた。逆むけている爪の横の部分、とげのように飛び出ているささくれを、軽く押す。
「あにゃ」
思わず、ティラミスはそういう声を出していた。
「痛かったですか」
「い、いえ。ちょっとびっくりしただけ。あの?」
「どういう状態か、確かめました。お湯につけたから、ふやけて柔らかくなっている」
「あ、はい」
店主は小さなハサミを取り出すと、ささくれをちょん、と、切った。思わずティラミスはまた、「あにゃにゃっ」という声を出していた。
「え、えーと。今のは何を?」
「ささくれを切りました」
「それは見たらわかりますが。なんで?」
「このままでは、ひっかかって痛いでしょう?」
その通りなのだが。
「あの~……、でも。そうやって切っても、またすぐ出来てしまうので……無駄と言うか。あんまり意味ないんです……」
「そうですか?」
「はい。何度も、引っ張って抜いたりしたんですが、すぐに同じところにできちゃって……」
そこで店主は、眉を上げた。
「引っ張って抜いた?」
その表情に、何かまずい事を言っただろうか、とティラミスは思った。
「ええと……」
「今まで、どんな治療を?」
「え、治療と言うか。ひっかかったら痛いから……あの。ピンセットでつまんで、えいやっとむしってましたけど」
店主が唖然とした顔をした。自分で言っておきながら、さすがに乱暴だったか、とティラミスは思った。
「それ、流血沙汰になったのでは?」
「あー、はい。むしった後は、よく出血してました」
「その後は、どうしていましたか」
「え、特に何も。放っておいたら血は止まるし……え、ええ?」
いきなり天を仰ぐようなしぐさをした店主に、ティラミスは慌てた。何か自分は、間違ったことを言ったのだろうか?