神が在れば。~規則の支配者の思考実験~
物事には必ず、規則が存在する。
それを突き止めるのが、科学者としての私の仕事だ。
規則がないように見えるものがあるなら…それもまたそれぞれの事件が別々の規則に基づいていると考えるのが尤もだろう。
もし、規則がないものが存在するなら…それこそが真の恐怖だ。
かと言って、私は無神論者というわけではない。
神の存在は立証されていない故、存在すると断言しないのだ。
神がもし本当に存在するのであれば、彼もまた規則のうちだ。
もし、神が存在するなら…
よし、思考実験を始めよう。
私は、目をゆっくり閉じた。
今、あの扉を開き、神が入ってくる。
そしてこう述べる。
「私は、あまねく規則を造り、統べることができます。この世界の規則の全ては私の創造物です」
「…本当か?」
「全ての物事には規則がある…ならば規則を司るあなたは全能、ということだな?」
私は、目の前の神秘に子供のように浮かれ、彼の成し得ないようなことを要求する。
「じゃあ…あなたは、自分の持ち上げられない石を作り出せるのか?」
「…」
「それは…できません」
神は、意外とすんなりそれを認めた。
「どうしてだ?」
「あまねく規則を操り、新たに造り出す私が…石を持ち上げられないということは…絶対に起こらないからです」
「なるほど」
「もし本当にそんな石が存在するなら…それは規則を越えたものです。あなたが最も恐れている…規則が存在しないものということです」
「…そうか」
「規則は全ての概念を規定できない。つまり、」
「全ての物事に規則が存在するという私の命題は…誤りということになるな…はは…」
「ならば、もう一つ聞かせて欲しい」
「どうぞ」
「この世界には…あなたが干渉できないものが実際に存在するのか?あなたなら、それも知っているはずだ…!」
「…」
「はい、存在します」
「?!何だ、それは!!」
「それは…定義です」
「定義…?」
神の返答は未知の現象や物質ではなかった。
それは…概念だった。
「もっと詳しく聞かせてはくれないか?」
「そうですね…例えば、私には1+1=3という数式を、真にすることができます」
「…」
「しかし、それは2と3の名前を差し換えただけ。本質は何も変わっていません」
「それと…円周率を、ぴったり3としましょう。これはつまり…直径に対する円周の比率が3になる図形を、『円』と、名前を変えただけです」
「…なるほど」
「定義を変えるとはつまり、名前を変えるということに過ぎない。本質は…何も変わらないのです」
「定義を変えたとしても、元々持っていた定義が指す存在が消えるわけではない…またそれに新しい名前が与えられるだけ…ということか」
「左様です」
「定義は書き換えられても、オリジナルが消えることはありません」
「名前を変え、存在し続けるだけです」
「名前がつけられずとも、定義は常にそこに存在します」
「…だから、あなたでも干渉することが出来ない概念ということだな」
「その通り」
「しかし…定義という…概念を規定する概念は、人間が生み出したものです」
「…!」
「私の作った規則を基に…人間は私の干渉できない、独立した人間だけの領域を造り出しました」
「ある意味、人間は…私を超越したのです」
「…」
何という光景だ。
神が、人間賛歌を述べている。
「もはや、この世界を支配するのは私だけではない…」
「…そうかも知れない」
「しかし、それでは…あなたは物凄い存在を創造したということになるな。自分を超えるものを生み出すことは…凄まじいことだ」
「…ありがとうございます。私と出会ったことで…あなたの疑問が解消されたなら幸いです」
「…ああ、感謝する」
私は、思考実験を終え、ゆっくり目を開いた。
すると、神はいなくなっていた。
「…」
「規則では規定できないものが在る可能性は存在する」
私はそうメモした。
そして、何事もなかったかのように、身支度を始めた。
予定どおり、学会に出席するために。




