英雄と姫の結婚
後の世で魔術姫と呼ばれることになるその王女は、まだ幼かった頃は王都のほど近くにある、人のあまり多くない小さな村で暮らしていた。体が弱く、石造りの城や街には馴染めなかったために療養を目的としてのことだった。
平和な世のことである。馴染みの従者や護衛に囲まれて姫はのんびりと暮らしていた。
そんなある日のこと。姫は一人の少年と出会う。村一番のやんちゃ坊主で将来は英雄になって歴史に残るのだと嘯き、親や兄姉たちが畑仕事をしているのも手伝わずに棒切れを振り回しながら村の近くにいる小さな魔物を追いかけるような子どもだった。
絵本で読んだ魔物というものを実際に見てみたいと思い護衛の目を盗んで村の外に出た姫が転んでしまい、泣きべそをかいているところにその少年はやってきたのだ。
「お前、だれ?」
姫を泣き止ませた少年は、この村ではまず見ることのないきれいな服を着た姫をジロジロと見ながらそう尋ねる。姫は礼を述べてから自分の名前を名乗ると、今度は逆に少年は誰かと尋ねた。すると少年は棒をまるで物語の中で英雄が剣を構えるようにして構えると、いつか歴史に残る英雄になる男だ、と名乗った。
それから少年と姫はしょっちゅう会って遊ぶようになった。外で駆け回るのが好きな少年と、本を読むのが好きな姫。本来は交わるはずのない二人ではあったが、なぜか気が合った。
少年が魔物を追いかけ回しているのを眺めながら、姫は二人で捕まえたスライムを膝の上に乗せて眺める。
姫が屋敷で本を読む隣で、少年もなんとか姫に話を合わせることができるように本と格闘する。その足元ではスライムがぷるぷると震えながら寝ていた。
そんな日々が何年か続き、姫が王都に戻る日がやってきた。
「頑張って英雄になってね」
すっかり逞しくなり、もはや少年ではなくなった青年に姫はそう言った。青年は難しい顔をすると、姫様のご命令ならば、とおどけたような調子で言った。
青年にも現実というものが見えるようになっており、自分は英雄にはなれない、というのを理解していた。
そんな様子を見た姫はなにかを考えるような顔付きになると、すっかり大きくなったペットのスライムを撫でていた。
それからさらに一年ほどが経った頃。青年の暮らす村に、王都で起こった一つの事件が伝えられた。
姫が魔物に攫われた、というのだ。そして、国王は姫を助けてくれた者には報酬を出すと宣言した、とも。
その事件を聞いた青年はすぐさま準備を整えると、そのまま王都へと旅立った。
英雄にはなれないかもしれないが、それでも幼馴染の危機になにもしないなんてことは出来なかったのだ。
王都に着いた青年は国王から話を聞き、そして姫を助けるための資金を援助してもらうとすぐに旅立った。
そして数日の探索の末、青年はついに姫を見つけた。
あまりにもあっさりと見つかったことに疑問を覚えつつも青年は姫と、その近くにいる魔物に近づく。
魔物は、青年もよく知る姫のペットのスライムだった。
「えっと、攫われたって聞いたんだけど」
青年の言葉に姫は恥ずかしそうな、照れたような笑みを浮かべる。そしてこう言った。
「この子に攫われたのは事実よ。私はあなたと結婚したかったんだけど、平民のあなたと結婚するのなら英雄になってもらうしかなかったから……それで、お父様と相談して……」
魔物に攫われた姫を助け出した、という分かりやすい功績で青年を英雄にしたかったのだ、と姫はそう言った。
結果として青年は少年だった頃の夢のままに後世に語られる英雄となった。姫を魔物から救った英雄である。
彼の活躍は詩になり広い地域で愛されるようになった。それが本当に彼の望んだことかは分からないが。
「まあ、きみの隣でいられるのなら、多少の不満は飲み込むけどね」
「そう言ってくれるなら頑張って考えた甲斐があるわ」
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