恋の始まり カナリヤside
メイドとして、お屋敷で働き始めた。トーマス様は給金を支給してくれた。買われた身だからと断ったが、押し切られた。
自室の部屋の掃除と洗濯は娼婦時代も行っていた。だけど、料理だけは失敗ばかりだ。
「良ければ料理は僕がするよ」
とトーマス様は仰ったけど、料理は使用人の仕事のはずだ。
トーマス様は毎日、執務室で書類を書かれている。建築の仕事をされているらしい。
いつも夜遅くまで、部屋の灯は消えない。そんなトーマス様に自分の食べるものまで作らせているのは居たたまれない。
早く作れるようにならなければとトーマス様の手際を必死に観察した。見よう見まねで真似するが上手くいかない。焦げたり、生焼けだったり。
トーマス様はいつも笑顔で完食されるけど居たたまれない。
悪戦苦闘し、一週間目の朝にようやくオムレツが形よく焼けた。さっそく朝食に出す。
トーマス様は美味しいと言って、食べてくれた。
喜ぶトーマス様の顔を見て、ホッとすると同時に嬉しくなった。ようやく仕事らしい仕事が出来た。
厨房に戻り、私も朝食にする。焼け焦げたほうのオムレツを口に入れビックリした。甘い!
塩と砂糖を間違えたんだ!
慌てて書斎に行き朝食が済んでしまったトーマス様に謝罪する。
「えっと、そんなに謝らなくても……。ほら、東の国には砂糖を卵にいれて焼く『玉子焼き』って料理があるんだ。だから、甘いオムレツもおかしくは……」
必死に私の機嫌を取るために言い訳を重ねるトーマス様。ダメだ。これでは私が毒を盛っても美味しいと食べてしまいそうだ。
仕方が無いのでトーマス様に、一緒に食べる事を提案してみた。
ぶしつけなお願いに、トーマス様は最初は戸惑われた。しかし結局は快諾してくれたのでほっとした。
その後も何度か生焼けだったりと失敗を繰り返した。しかし、トーマス様はいつも笑って許してくれた。
怒られることを心配しないでも良い生活。談笑しながら食べる食事。居心地の良い日々だった。
トーマス様は常に親切だった。美しい衣装を差し出され、着ても良いと言われ事もあった。使ってないからと、宝石のついたブローチをくれようとした事もあった。
「貴金属など頂かなくても、買われた身ですからいつでもお相手しますよ」
そのたびに機会を逃さぬよう、私は提案をしてみた。もうしばらくは、この穏やかな日常を続けたかった。しかし、トーマス様はいつも戸惑われた表情を浮かべた。
「……そんなつもりじゃ……」
だったらどんなつもりなんだろう。トーマス様が私に優しくしてくれるのは何故なんだろう。
娼館にいた姐さんたちをふと思い出した。恋人がいる姐さんは誕生日にプレゼントを貰っていた。嬉しそうに首飾りを見せる姐さんを見て、恋人は仕事をしなくても贈り物をくれるんだと驚いた記憶がある。
トーマス様の恋人だったら、何も出来なくてもあのブローチを貰っていいのかなと考えた。
胸がツキンと痛かった。