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最初のすれ違い カナリヤside

 街中を通り抜け、森に入り、着いた先は大きなお屋敷だった。今までいた娼館よりはるかに大きい。娼館は娼妓だけでも20人以上、雑務を取り仕切る年配の女性や警備の男などを含めると、結構な大所帯だった。それでも娼館の主人が、夜逃げする貴族から買い叩いたと自慢する館は十分な広さだった。

 それよりも大きい建物。


「……もしかして、トーマス様は貴族の方ですか? 」


 黒一色のありふれた服装。役人に告げていた長い家名に違和感を覚えながらも、トーマスという庶民的な名前から商人だと思い込んでいた。立派な構えの門を開けながら、私を先導する彼は振り向き言った。


「一応、伯爵位を賜っている。そうはいってもこの屋敷には僕以外に誰もいないから、気を遣わなくていいよ」


「えっ誰も!?ご家族だけでなく使用人も!? 」


 思わず聞き返してしまった。だってびっくりしたのだ。こんな大きな豪邸に一人きり。使用人も雇えないほどお金に困窮しているのかしら?


「そう、だから中々掃除まで手が回らなくてね。埃が溜まっているけど気にしないでくれると助かるよ」


 どうしてこんなお屋敷に一人で暮らし。もしかして……先ほど、彼が火に投げ入れた大金を思い出した。


「あの火にくべたお金、大事なものだったんじゃ? 」


 怪訝そうな表情を浮かべた彼は、すぐに私の心配事に気が付き苦笑しながら答えてくれた。


「大丈夫だよ。君がいた建物の部屋の一室の改装を請け負ってね。完成した工事費を受け取った帰りだったんだ。職人たちへの支払いは済んでいるから、無くても困る人はいないよ」


 先月、豪華になった娼館の特別室を思い出す。


「困る人はいないってご主人様のお金なんじゃ……? 」


「まあ、赤字にはなったけど火事になってからじゃどっちにしろ貰えなかったんだし。君が気にする事は無いよ。大した金額じゃなかったから」


 大した金額じゃない……? アタッシュケース一杯のお金が?それが本当ならご主人様はなんで……


「どうして使用人を雇わないんですか?」


 使用人の給金など私には分からない。しかし、あの燃えたお金は、それの何十倍にもなるだろう。


 明らかに私の言葉に動揺した彼は告げた。


「誰だって、こんなバケモノの元で働くのは嫌だろう」


 バケモノ?そう言えばさっき私にも自分の顔の事を問うていた。気にならないと言ったら茫然としていた。

 火傷の痕がある顔を極度に気にしているんだ……。それで私なんかにも気を遣って……。


 案内されるままに屋敷の中を進んでいく。重厚な扉の前で彼は立ち止まった。


「それで君の部屋なんだけど、この部屋でどうかな?」


 トーマス様に案内された部屋は、とても大きな部屋だった。寝台は天蓋付きで精緻な細工が施されている。置かれている家具や調度品も優美な曲線を描いており、とても私みたいな人間が使う部屋では無かった。


 困った私は告げた。


「私はご主人様に買われた身です。使用人部屋で結構です」


 トーマス様は言い淀みながら答えた。


「えっと、見ての通り部屋は余っているし……。狭い使用人用の部屋でなくても……。こちらの方が部屋の方が暮らすには便利だろうし……」


 便利? 使用人部屋より?


「いえ、私は客ではなく使用人ですから。自分の立場はわきまえています……」


 そこまで返事をして、部屋の真ん中にある大きな寝台の意味に思い至った。


「……それとも、ご主人様の夜の相手をするには使用人部屋では不自由でしょうか? 」


「そんな相手をして貰おうと思って無い!!! 」


 ビックリするような大きな声。


「それでは、使用人部屋で問題ないですね」


 トーマス様の真意は分からなかったが、夜の相手をしなくて良いなら使用人部屋で問題は無いはずだ。


 トーマス様が頷いて了承した。


 屋敷の隅に位置する使用人部屋に案内された。


「掃除も行き届いていないし、北側だから日当たりも良くないけど……」


 壁際に小さなベッドに書き物机。そして小窓。トーマス様は気が進まない様だったけど、私は気に入った。元娼婦で買われた女には、十分過ぎる部屋だった。


 部屋でベッドのシーツを取り替えていると、ノックの音がした。


「君が着れそうな着替えを持ってきた」


 言われて、娼館に普段着も仕事で使用していた衣装も置いてきてしまった事に気が付いた。改めて自分の服をみると、着慣れたワンピースは煤で汚れところどころ焼け焦げがついている。


「出直した方が良いかな? 」


 トーマス様からの問いかけで、私は慌ててドアを開けた。


 彼は両手に色とりどりのドレスを抱えていた。


「衣裳部屋にあった女物の服を持ってきた。とりあえずはこれを使って欲しい。落ち着いたら新しい物を購入するから」


 ちょっと待って欲しい。トーマス様が抱えているドレスはどれも豪奢な品だった。娼婦をしていたから服の良し悪しは分かるつもりだ。ふんだんにレースが使われ、一面に刺繍が施されている。布の光沢からして絹のようだ。一応、礼服ではなく普段使いの服の様だが。


「メイドのお仕着せはございませんか? 」


 またもや、戸惑われたトーマス様。


「気に入らないようなら、別の服を持ってくるけど」


「いえ、そうではなく……あっその衣装はご主人様への接待の為ですか? 」


「違う!そんな仕事は求めていない!! 」


 またもや、否定された。


「だったら、メイド服の方が助かります。掃除や食事を作る際に汚しても良いように」


 メイドの仕事もして貰わなくてもいいんだけど……とブツブツ言いながらトーマス様は部屋を出られた。


 そして、メイド服や簡素な夜着等を数着持ってきてくれた。


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