カナリヤの過去と出会い
女主人公です。苦労人のカナリヤです。(*^-^*)
私が生まれた家は貧しかった。思い出す限りでは兄が2人、そして新しく双子の妹が生まれた。
家族全員が冬を越せずに飢え死ぬか、たった一人が犠牲になるか。
悩むまでもない選択肢だろう。幸い私は見目が良かったらしい。両親は私を手放すことを決めた。別れの日の、家族の表情を思い出せない。それまでは、愛されていたはずなのに。愛していたはずなのに。『高い値で買ったんだから、ちゃんと働けよ』人買いのおじさんに投げかけられた、言葉だけが記憶に残っている。
それから、16歳で最初の客を取った日から辛いだとか自分を不幸だと考える暇もなく身体を売るという仕事をしてきた。思いをめぐらせる余裕もなかった。
いつの間にか十年がたち、年季明けの日がすぐそこまで迫っていた。
しかし、私は自分の感情を麻痺させ苦痛をやり過ごす生活にそれなりに疲れていたらしい。娼館が火事になり、借金の方の書類が次々と燃え上がり他の娼婦の仲間たちが涙を流しながら喜んで逃げだす中、かろうじて屋外へはい出たものの動く気にもならず燃え盛る建物をぼーっと見続けていた。
娼館の主人が逃げ出す女たちに恩知らずだと悪態をつきながら、動けない私を一瞥もしないで駆けて行くのを、ただ見送った。
「何やってんだ!焼け死ぬぞ、早く逃げろ!!」
怒鳴り声が聞こえた。振り向くと焼け爛れた顔をした男が凄い形相で何か叫んでいる。ようやく、地獄から迎えが来てくれたのかと思ったが違った。
「おい、建物が崩れ始めてるぞ!」
どうやらこの男は私を助けようとしてるみたいだ。もう放っておいて欲しいのに。
「私にはお金を借りた義務があります。返すまではここを動きません」
そう告げ、私は再び炎に顔を向けた。全てを終わりにしたい、それだけだった。男も諦め逃げると思ったが違った。
「わかった!このカバンの中身をよく見ろ!!」
剣幕に驚き、つい振り返ってしまった。言われるがままに視線を男の足元に置かれた、アタッシュケースに向ける。
中身はぎっしりとお金が詰まっていた。私が買われた金額の何倍にもなるだろう。
「見たな。よし僕が代わりにあんたの借金を返すから!!」
そう言うと男はアタッシュケースごと、それを燃え盛る火の中に投げ入れた。
「これで良いだろ!逃げるぞ!!」
そう言って私の手を乱暴につかみ、引きずるように走り出した。男のあまりの行動に、意地を張るのも忘れ私はただ手を引かれるままに必死に走った。
私を掴む手は、とても温かかった。
次回から本編に入ります。トーマス視点から始まります。20時で予約投稿します。