最高のプロポーズ トーマスside
気が付けば寝台の上だった。びっしょりと冷や汗をかいている。
「嫌だ……。カナリヤ……置いていかないでくれ……」
目を閉じたまま両手で頭をかきむしる。
まだ、間に合う。
僕は必死にカナリヤを繋ぎ止める方法を考えた。
「……まだカナリヤと子爵との結婚の話は、なに一つ進んでいない。スミス夫人に依頼した、ウエディングドレスだけ……」
あのウエディングドレスは、僕とカナリヤの結婚式に着てもらえばいいんだ。スミス夫人だって、そのつもりだ。
かつて命を助けたことを持ち出して、僕と結婚してくれるように頼めば。義理堅い彼女なら、きっと……
『……昨日、死ねば良かった……そうすれば、こんな惨めな気持ちにならずに済んだのに……』
思い出すのは、先日のカナリヤの嘆き。
脅しで彼女を繋ぎとめようとした、唾棄すべき思惑を振り払う。
諦めなければいけない事は分かっている。愛する人と暮らせてきた今までが夢だったんだ。いい加減、現実を見なければ。
「……カナリヤ……」
僕は両手で顔を覆い、再び彼女の名前を呟いた。
「トーマス様、起きてらっしゃいますか? 」
突然聞こえたカナリヤの声に我に返った。声は寝室のドアの向こう側からだった。
自分の声が廊下に漏れていたのかとあせり、返事をせずやり過ごそうとした。
そっと扉が開かれた。僕は慌てて寝台に倒れこみ寝たふりをした。目をきつく閉じ激しい動悸を少しでも落ち着かせようと、両手で胸を抑えた。
なぜ、カナリヤが深夜に僕の部屋を?
すぐに彼女の目的に思い至った。
酷い罪を犯した僕を殺しにきてくれたんだ。嬉しいよ。君が誰かと幸せになる姿なんか、本当は見たくないんだ。
カナリヤごめん、傷つけてしまって。優しい君にこんなことをさせて。今までありがとう。
首を締められるのか、それともナイフを心臓に突き立てられるか。しかし、いくら待っても何も起こらない。僕はそっと目を開けてみた。
傍らの脇机に燭台を置いたカナリヤは目を閉じていた。カナリヤの顔が近づいたと思った瞬間、唇に柔らかい感触がした。
えっと、どういうことだ……。カナリヤは無理やり勝手なことをした僕を憎んでいるはずなのに……こんな醜い僕にどうして口づけを……
動揺したまま動けないでいると、カナリヤは唇を離しゆっくり目を開けた。
「トーマス様……」
僕が目覚めたことに気が付いたカナリヤは、怯えた声で僕の名前を告げた。
「どうして……きみが……こんなことを……」
動揺したまま起き上がりつつ問いかけると、彼女は表情を怒りへと変えた。
「あなたが私を拒絶するからじゃない!! 」
カナリヤが怒気をはらんだ声で叫んだ。
「鍵をかけて部屋に閉じこもっていればいいじゃない。扉を壊してでも、窓を割ってでも侵入して寝込み襲ってやる! この屋敷から追い出してみなさいよ。地の果てからでも舞い戻ってくるから。そこら中にあなたに捨てられた、愛し合っていたのにって出鱈目を、言いふらしてやる。新しい女なんかできるもんか。あなたが悪いんだ。気まぐれにこんな年増の売女に優しくするから。私が生きている限り、一生付きまとってやる! あなたが悪いんだ。あの一回だけの口づけを思い出にして満足するつもりだったのに、忘れろなんて言うから……」
カナリヤの怒り。僕が口づけた事にではなく忘れて欲しいと願ったことに対して……なぜ、彼女は……
『愛し合っていたのにって出鱈目を、言いふらしてやる』
出鱈目って……?僕が君を愛しているのは本当だけど、でも君は……
怒りながらも彼女は、目に一杯の涙を浮かべていた。険しい表情から一転、泣き顔になる。
「だってあなた言ったじゃない。僕と暮らしても幸せだと思ってくれる人と結婚したいって。という事は財産目当てじゃなくて、あなた自身を愛している人なら、だれでもいいってことでしょう? じゃあ、私でもいいじゃない。あなたのことを世界で一番愛しているのは絶対に私よ! 受け取ってしまったものは、一生働いて返すから。お願い、私から望みを奪わないで」
彼女の言葉に感じる違和感の正体を必死に考える。胸の鼓動がさっきと違う理由で早くなる。望み? 僕の望みは君とずっと一緒に暮らすことだけど、君の望みは……?
もしかして……。
僕は恐る恐る口にした。
「君は僕の事が、好きだったのか!?」
彼女は目を見開き、呟いた。
「そうよね。まさか私みたいに下卑で汚れた女が、あなたみたいな高貴な方へ本気で愛を告げているなんて考えないわよね」
いや、違うそうじゃない。僕は君を汚れてるなんて思った事はない。信じられないのは君がこんな醜い顔をした僕を愛してるってこと。
「まして気持ちを返してもらえるなんて期待してるとか」
気持ちを返す? 君が僕を好きなのが本当なら、僕も君を愛して良いってこと? こんなに醜い僕が? 美しいカナリヤを!?
思わず、彼女を抱きしめようと手を伸ばす。しかし、それより先にすることがあると寝室を飛び出した。書斎に入り机の引き出しにしまい込んでいた指輪の箱を持ち出した。
再びカナリヤのいる部屋に飛び込み、彼女の前に跪いた。
「僕と結婚してください!」
唐突に差し出された指輪を見て、彼女は驚いたようだ。
静寂が訪れる。いつまで経っても微動だにしないカナリヤに、僕は焦ってしまった。
「もう遅いだろうか?」
それとも、先ほどの彼女の言葉は僕の都合の良い妄想だったのだろうか……
「……トーマス様……想い人とご結婚されるのでは……?」
ようやく、紡ぎ出された言葉に今度は僕が驚いた。
「なっなぜそんな事を!」
「だってスミス夫人がウエルディングドレスの受注を受けたと」
あっバレてて……スミス夫人がきっと話を……
「それは……。カナリヤへの詫びになればと……」
自分との結婚の為ではないと言い訳する。
「この間、酔っぱらって帰ってきて君に無理やりキスをし抱きついただろ。それで……君が忘れられないって怒っていたから……一生忘れられないような酷い事をしたと……」
改めて謝罪する。
「それで、せめてエドワード子爵との仲を取り持とうかと……君を親族にして結婚出来るようにすれば、許して貰えるじゃないかと考えて……」
カナリヤは、僕の弁明を聴き明らかに戸惑っていた。
「だってトーマス様、手紙にあんなに怒って……」
「あれはっ君が子爵に恋文を書いたと思って、思わず嫉妬して」
僕の身勝手な言い訳を聞き、ますますカナリヤは茫然としていた。その顔を見て僕は思い違いをしていたのではと思い至った。
「子爵は君の恋人だったのでは……?」
慌ててカナリヤは言った。
「違うんです! 子爵はお姐さんの恋人なんです! 娼館時代に優しくしてくれた先輩のお姐さん。子爵はお姐さんの常連で! 年季が明けたから子爵の家に引き取られて。えっと身分が違うから正式な妻にはなれなかったんですが内縁の妻として一緒に住んでいるんです」
子爵はカナリヤの想い人ではない……?
「じゃあ、あの手紙は……」
「子爵にお姐さんに届けて貰おうと思ったんです。年季明けの時に、私の事をずっと心配してくれていたから。安心してもらおうと思って」
そう、カナリヤは何でもないように言ってくれた。
「でも、落とした手紙を君に見せたらずいぶん動揺していたけど」
パーティーの日のカナリヤを思い返してみた。たしか顔色を青くし、焦った声で……
「あっはい……。本当に申し訳ございません。つい、お世話になっていたお姐さんに安心して貰おうと、でたらめを書いてしまって……」
「でたらめ……!?」
カナリヤは顔を真っ赤にして言った。
「あの……トーマス様の事を恋人と……愛する人といられて幸せだと……」
耳を真っ赤にし、俯く彼女。声は震えていた。
『愛する人といられて幸せだと……』
今のカナリヤの言葉と、パーティーの日のカナリヤをもう一度、思い出す。赤く輝く首飾りや高く結い上げた髪は、確かに彼女を美しくしていた。
しかしそれ以上に、心から嬉しそうな表情が彼女を光り輝かせていた。
あの、幸せそうな笑みは僕の事を愛していたから……?
震える彼女の肩を引き寄せ、抱きしめた。
「でたらめじゃない。ずっと君を愛していた。恋人になって欲しかった」
僕の腕の中で、幼子のように泣き声を上げるカナリヤ。
今度は僕は、彼女をずっと抱きしめていた。
想いを受け入れて貰えた僕は、伝え続けた。
「一目惚れだった」「君さえいれば何もいらない」「ずっとずっと好きだった」
彼女は泣きながら頷いてくれた。
「私もです」
と返してくれた。
こじれまくっていた2人の恋物語は決着がつきました。
じれったい二人にお付き合い頂きありがとうございます。
明日は両サイドの後日談を投稿させていただき、エピローグとさせていただきます。
よろしくお願いします(*^▽^*)




