決意 トーマスside
あれからカナリヤは笑顔を見せなくなった。僕が話しかけようとするとビクつき、終始怯えおどおどしている。
僕はどうすれば、カナリヤが元のように戻ってくれるか考え続けた。
パーティに連れて行くのを拒んだのがきっかけだから、今度こそ連れて行っては?
幸いな事に、近々もう一度大規模なパーティがある。恐らく伯爵も来るはずだ。それを彼女に提案すれば……。
廊下の掃き掃除をしているカナリヤを見つけ声をかけた。
「もし良かったら、来月の新年パーティーに一緒に行ってくれないか?国内の貴族はほとんど集まる大規模の。新しいドレスも仕立てるし、装飾品も好きなものを選んでいいから」
お願いだ、頷いて。前のように笑って喜んでくれれと……
「すみません。やっぱり私みたいな女にはそんな華やかな場所はふさわしくありません」
カナリヤは下を向いたまま、思いつめた声でそう告げた。
「……ごめん……」
まだ、僕を許す気はないんだ。僕はそれ以上カナリヤに何も言えなかった。
なんとか一言だけ絞り出した。
「はい、それでは失礼します」
そう言って彼女は、箒を片手に立ち去って行った。
どうしたらいいんだろう……。カナリヤが喜ぶこと……。
僕に出来る事は……。
彼女が僕に気兼ねなく、子爵に会えるようにすれば。
数日、カナリヤの想い人の子爵について調べた。
住まいは、ここから馬車で一週間ほどかかるアルベール地方。領主の彼は、堅実な施策をしており、領民からも慕われている。独身。カナリヤの相手として、申し分ない。
僕は子爵の領地の近くの別荘を買う事を思いついた。彼女をそこに住まわせれば、子爵と交際することが容易になる。手配しようとして迷いが生じた。
アルベール領主である、子爵に連絡を取るか思案する。
別荘を買うなら、領主に伝手を取るのが一番だ。しかし……
結局、僕は仕事先の知り合いを通じて物件を探し購入した。移り住んだ先でカナリヤが子爵に連絡を取るだろう。
僕が自らお膳立てをする必要はない。そう、自分に言い聞かせて。
一週間後、予想もしない速さで購入の手続きの目途がたった。どうやら、売主は金策に困っていたらしい。家具等もそのままで、すぐ住めるようだ。
僕は覚悟を決め、カナリヤに別荘に移り住むことを提案することにした。
あれから一か月以上たつが、僕はカナリヤに避けられたままだ。食事も別々。
一人で食べた昼食。テーブルの上に、カナリヤに書斎に来て欲しいとメッセージを残した。
ノックの音とカナリヤの入室の伝える声がした。
カナリヤはすっかり憔悴しきっていた。
早く、彼女を開放しなければ。
僕は覚悟を決め、カナリヤに居を移すことを提案した。
「別荘を買ったんだ。ここから北のアルベール地方のほうに。君に管理をお願いしたい。ひとりじゃ大変だろうから身の回りのことをする使用人も雇うし、現地で出来た友達を招き入れてもいい。たまに僕が行く時に使えるようにしてくれれば」
ひと月に一回、半年に一度でもいい。君に逢えれば。
彼女の顔がどんどんこわばっていく。安心させようと言葉を言いつのる。
「……あっでも仕事が忙しくて、そんなに訪ねることはないかもしれない」
大丈夫……。会いに行けなくても居場所さえわかっていれば、遠くから一目見ることはできる。たとえ一言も言葉を交わすことができなくても。僕がいない場所で幸せになるカナリヤを。
「私はどこにも行きたくありません」
硬い表情でそう告げるカナリヤ。怒りを堪えているのか、声が震えていた。にも関わらず、僕は彼女の返事を聞きホッとした。
慌てて内心がバレないよう取り繕う。
「そうだよね……急に言われても困るよね……。じゃあ、気が変わって引き受けても良いと思ったら、また教えてよ」
「はい、それでは失礼します」
彼女は硬い声で退室を告げ、部屋を出て行った。閉まった扉をぼんやりを眺めながら、僕は彼女の言葉を思い返した。
『私はどこにも行きたくありません』
彼女の返事が、お前を許すつもりはないという意味というのは分かっている。だけど、カナリヤが遠くに行かないという事実にひどく安心してしまう。
頭の片隅で囁きが聞こえる。
(いいじゃないか。もとより、彼女が僕の気持ちを受け入れてくれるなんて虫の良い奇跡は起こるはずもない。だったら例え一生恨まれたままでも、彼女にそばにいて貰えば……)
甘い誘惑に傾きかけると思い浮かぶのは、彼女の言葉の数々。
『いっ嫌です!』『……私にとってあれがどれほど……』
悲鳴のように訴えるカナリヤの姿を。
……ごめん、カナリヤ。ごめん。どうしたら許してくれる?どうしたら……
書斎の椅子に座り込んでいると、来客の訪れを告げるベルが鳴った。
この屋敷への来客はごく限られている。
玄関に行くと予想通り、来客はスミス夫人だった。応接室に案内する。
「先月のパーティ、カナリヤ様の衣装はどうでしたか?」
「……えっと、ちょっと彼女が体調を崩して……結局僕一人のみ出席することになって……」
せっかく尽力してくれたドレスが、無駄になってしまった事を白状する。
「まああ、それは残念でした! 」
スミス夫人は、まったく残念と思っていない表情と声音でそう告げた。
「それでは次のパーティに向けた新しいドレスが必要ですわね。あっそれともお出掛けに必要なデイドレスの方が先でしょうか? 」
商魂たくましいスミス夫人。とりあえず、今日のところは引き取りを願おう。その時、ふと言葉が出た。
「ウエディングドレスを作ってくれないですか? 」
「まあまあまあ、カナリヤ様との御結婚が決まりましたのね! おめでとうございます」
そうだ、罪を犯した僕が許されるために出来る事はカナリヤの幸せを邪魔しない事だ。子爵との縁を取り結ぼう。
彼女を僕の親族にし貴族とすれば、子爵と結婚するのに支障は無くなる。そうすればいつかは彼女も僕の事を許して……
「それではカナリヤ様とドレスについて打ち合わせをしないと」
スミス夫人の陽気な声で現実に引き戻された。
「あの、カナリヤにはまだ結婚の事は……」
「まああ、サプライズですのね! 素敵ですわ。かしこまりました。それでは内密に進めさせていただきます。カナリヤ様にぴったりなドレスを作らせて頂きますわ! 」
言い淀む僕の言葉に、暴走しがちなスミス夫人は自己完結して納得した。
「お邪魔いたしました。また打ち合わせにまいります」
「そんなに、急がなくてもいいから」
スミス夫人には一番無理な注文を付けた。彼女に急がなくても良いというほど、無駄なことは無い。商機を見いだせる事には、最速で食いついていく。
それでも言わざるを得なかった。彼女の結婚準備が出来るために時間が欲しかった。
玄関までスミス夫人を見送ろうとしたが、それには及ばないと断られた。さっそくドレスの製作に取り掛かりたいのだろう。
応接室をでて、再び書斎の書き物机を前にし座り込む。
伯爵に面会の依頼の手紙を出そう。そしてカナリヤの事を話して。
机の上に便箋を広げた。しかし、一字も書けない。
明日にしよう。明日から頑張るから。いつもより早い時間に寝室へ向かった。
今日だけはと言い訳し、上着だけ脱いだ状態で寝台に潜り込んだ。
「……カナリヤ……」
別れなければいけない人の名を呟く。もうすぐ呼びかける事すら出来なくなる、愛しい人。
気が付くと僕は教会にいた。白い花婿衣装を身に着けている。
今日は僕とカナリヤの結婚式だ。礼拝堂の扉が開きウエディングドレスを纏った美しいカナリヤが入ってきた。
手を差し伸べようとしたが、彼女の隣には既にエドワード子爵がいた。カナリヤは嬉しそうに微笑みを浮かべていた。
「そんな! カナリヤと結ばれるのは僕だ! 」「結婚してくれるって言ったじゃないか! 僕と一緒にいられれば幸せになれるって! 」
声を限りに叫ぶが誰も聞いてくれない。祝いの拍手を送る列席者も、誓いの言葉を促す神父も、子爵も、カナリヤも!! 式をぶち壊そうとしたが、何故か身体が動かず、一歩も歩けない。
「お願いだ! 何でもするから、捨てないでくれ!! 」
みっともなく泣き喚く。
カナリヤはそんな僕に一瞥もせず、幸せそうに傍らの子爵に微笑んでいた。




