「一生覚えています!!」 トーマスside
いつものように、一人きりで会場入りした。遠巻きにされた僕が視線を向けると一斉に目をそらされる。
カナリヤと出席が出来たら、と夢想したことが間違いだった。
隅で見つけたくない人を見つけてしまった。エドワード子爵。カナリヤの手紙の相手。白髪だが美丈夫。僕とは違い、美しいカナリヤの隣にいても遜色ないだろう。
会場で手当たり次第に酒の入ったグラスを空けた。
忘れたい、期待したことを。何も分からなくなってしまいたい。
パーティーに行きたいと目を輝かせていたカナリヤを。連れて行かないと告げた時の絶望の瞳を……
どうして僕に優しくしたんだ。気まぐれの好意なんか欲しくなかった。うしろめたさの反動で、身勝手な感情が生まれる。
いつの間にか宴は終わりを告げていた。
残っている参加者は僅かだ。
子爵も帰ったらしい。
覚束ない足取りのまま会場を出た。運よく辻馬車を拾うことが出来た。
御者は僕の顔を見てギョッとしていた。いつもならすまないと思うところだが、今日はどうでも良かった。
だって僕はバケモノだから。愛し合う恋人同士の逢瀬を、嫉妬でめちゃくちゃにした化け物だから。
門の外で辻馬車を降りた。料金と多めのチップを渡すと、御者は逃げるように馬車に乗り込み去っていった。
こんな夜中にバケモノを送る羽目になった彼に同情した。
ふらつく足取りで玄関に向かうと扉の前で佇むカナリヤに気が付いた。
光沢のあるドレスを身に纏い、月明かりに照らされた彼女はまるで妖精のようだった。
待っててくれたんだ。そうだよね。やさしいカナリヤは僕を見捨てたりしない。君が身に着けているドレスはシルバーだ。子爵の髪の灰色なんかじゃない。僕の銀髪の色だ!
駆け寄る僕の姿を見て、怯えた表情を浮かべた彼女の肩を掴み、引き寄せ口づけた。
カナリヤは拒否しなかった。彼女はバケモノにさえ優しい人だから。苦しそうにむせるカナリヤ。慌てて、唇を離す。茫然とした顔。抗議の言葉は聞きたくない。彼女が困惑しているのをそのままに、腕の中に囲い抱きしめた。
『他の男の所なんか行かないで。これからも僕とふたりきりで暮らそう。一生、ずっと一緒に』
そう言いかけて、腕の中の彼女が嗚咽を漏らしていることに気が付き慌てて身を離した。彼女は美しい瞳からボロボロと涙を流していた。
とんでもない事をしでかしたと、ようやく我に返った。
「もう……おわり……? 」
涙を流しながらカナリヤは呟いた。
「もっもちろん! 」
「そう……ですか……」
と言うと彼女は玄関の重い扉を開け中へ入っていった。慌てて僕も後につく。ショックを受けたためか、覚束ない足取りで進んでいく。彼女は自分の部屋にたどり着くとドアを開け、僕を一瞥もせず中へ入っていく。閉じた扉の前で、僕はカナリヤに拒絶された事を思い知った。
どのくらい、扉の前にいただろう。
ようやく我に返り、自室に戻った。寝衣に着替え寝台に入った。彼女への罪悪感に押しつぶされながら。
二日酔いによる痛む頭と罪悪感に痛む気持ちを抱えながら朝を迎えた。あれだけ酒を呑んだにもかかわらず一睡もできなかった。
謝らなければ。
冷たい水で顔を洗い、混濁した意識を無理やり叩き起こす。
食堂に行くと既にカナリヤが朝食の準備をしていた。僕は彼女から罵詈雑言を浴びせられるのを覚悟していた。けれど彼女はいつものように穏やかな笑顔も見せていた。しかし、腫れた瞼と赤く充血した目が彼女を傷つけたことを証明していた。
謝らなければ。
喉がつかえ思ったように声が出ない。痛む頭のせいか言うべき言葉が出てこない。それでもなんとか絞り出した。
「昨日の事を忘れてくれないか? 無かったことにして欲しい」
ヒュッと息を呑むカナリヤ。
「あのっパーティーに連れてってもらえなかった事は、気にしてません! あれは私が悪かったんですから!! 」
そうじゃない! 君が悪かった事なんて一つもない!!
「違うっ! いや……それも僕が悪かったんだけど……昨日、君に抱き着いてキスしたことを忘れて貰えると……言い訳じゃないけど、昨日は酔っぱらってて……あんな事をするつもりじゃ……」
本当なんだ、信じて欲しい。僕は君を傷つけるつもりなんて無かったんだ。
「僕に出来る事は何でもするから。欲しい物を買うし、好きな場所へ連れていく。お金でいいんだったらいくらでも払う。何回だって謝るし、土下座もするから。許してくれると……」
何でもする! 何でもするから!! 僕が持っているものは全部あげる……だから、どうか……
「……嫌です……」
彼女は先ほどまでの穏やかな表情を一変させ、僕を睨みつけた。
「どうして簡単に言うんですか? 忘れろなんて……私にとってあれがどれほど……」
「……ごめん……」
「はい、それでは失礼します」
「あっちょっと待って」
僕は思わず縋るように彼女に手を伸ばした。
しかし、彼女は僕を一瞥もせず背を向けドアから出て行った。
身勝手な僕は彼女から拒絶された。昨夜と同じように……
茫然と立ち尽くしたまま、どのくらい時間が経ったのか。
我に返った僕は慌てて扉を開け、カナリヤを追いかけた。
屋敷中を走り回り、ようやく廊下の角で佇むカナリヤを見つけた。カナリヤは泣きじゃくっていた。
「……昨日、死ねば良かった。………そうすれば、こんなに惨めな気持ちにならずに済んだのに……」
うわああああああああ!
ごめん! ごめん!! カナリヤ、ごめん!!!
いつも優しくしてくれた君に、僕は酷い事をした。
泣きむせぶカナリヤ。物陰に隠れた僕はただ立ち尽くすしか出来なかった。




