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仲違い トーマスside

 スミス夫人に、店にある上質な宝飾品を持ってきてもらった。カナリヤが気に入ったものは全て購入するつもりだった。しかし、彼女から発せられた言葉は意外なものだった。


「トーマス様が選んでくれないですか?」


 思わずスミス夫人と顔を見合わせる。


「……えっと、この中には身に着けたい品は無いという事?」


 スミス夫人に別の商品を持ってきて貰おうと思案していると、カナリヤが重ねて言った。


「こんなにたくさんの宝飾品を見たことなんてなくて。どれが良いかなんてわからないんです。あっあなたなら一流品に常日頃から接しているから」


 カナリヤに相応しい品物。問われた途端、紅玉を連ねた首飾りを指さしていた。


「これをください」


 満面の笑みの浮かべるスミス夫人。


「流石ですわ。そちらの品はお持ちした商品の中で一番高価なんですの。それにお嬢様の紅い髪色や瞳と揃いでピッタリです」


 スミス夫人の言葉で気が付いた。首飾りを彩る紅い石がカナリヤの髪と瞳と同色であることを。僕がこの世で一番美しい色だと思っている色と。


 ピッタリですと言われ、カナリヤは嬉しそうに笑みを浮かべた。良かった、彼女も気に入ってくれたみたいだ。


 商談も終わりカナリヤがお茶の用意のために応接間を出て行くと、スミス夫人から内密ですがと話しかけられた。



「先ほど、カナリヤ様に選んでいただいた首飾り。実は対になる品がありますの」


 そういって彼女が差し出した小さなケースには、紅い石の指輪が鎮座されていた。


「どうでしょう?こちらもご一緒にお買い求めになられては?」


 満面の笑みでスミス夫人は問いかけた。


 指輪……。この国では指輪は伴侶となる女性にしか贈らない。


「いや……。今のところは……」


 カナリヤを僕の恋人と勘違いしているスミス夫人。どうやって勧めを断るか考えていると畳みかけられた。


「カナリヤ様も先ほどの品物を大変気に入られていましたし。この紅玉は希少なので、この大きさの物を再びご用意するのは大変難しいと思います」


 そう問われて、先ほどのカナリヤを思い出した。目の前に並べられた宝飾品を見て歓喜する彼女を。


「もし、カナリヤ様がデザインが気に入らないようでしたら後ほど変えられますよ」


 営業トークを続けるスミス夫人。


「購入します」


 意匠は変えられるなら、指輪以外にして貰えばいい。カナリヤはこの紅玉を気に入っていたから。


 そう言いながらも、指輪を購入することに必要以上に緊張してしまった。


 スミス夫人が返帰り、手元には購入した宝飾品が並んでいた。それらを眺めていると、彼女と出かける事が現実として感じらた。


 カナリヤは本当に僕とパーティに参加してくれるんだ。


 彼女の意志で!


 ほかのパーティにも誘ってみよう。また、新しいドレスと靴も買って。

 お人好しの彼女は、困っているといえば頷いてくれるはずだ。


 気になるレストランや一緒に鑑賞したい公演。一人では肩身が狭いと言えば。

 美しい彼女をエスコートできる権利を得た気になり、僕はバラ色の未来を夢に見た。





 パーティ当日。

 カナリヤは部屋で朝から準備に追われていた。

 事前に手伝いの人を手配しようとしたが、カナリヤに断られた。スミス夫人に一人で出来る方法を聞いたと言う。

 夫人には世話になった。改めてお礼にいこう。カナリヤを恋人だと思っているスミス夫人の追及をどうかわそうかと考える。


 礼服を着こみ、髪を軽く整えた。カナリヤと違い僕は身支度に時間はかからない。どうせ、注目されるのはこの焼け爛れた顔だけだから。


 自室にある姿見を見て不安になった。普段は布で隠している鏡には、バケモノの姿が映っている。装った美しいカナリヤの傍らが本当に僕で良いのだろうか


『行きたいです! お願いします! 』


 思い出したのは先日のカナリヤの言葉。


 そうだ、あんなに行きたいと言っていたじゃないか。僕の髪色と同じシルバーの生地を選び、僕が選んだ宝飾品を身に着けて……


 本当に現実なんだろうか。夢では……!?


 もうすぐ、カナリヤと会場へ。


 はやる気持ちを落ち着けようと屋敷の中を歩き回った。


 まだ、時間には早いのに僕はカナリヤ部屋に向かった。部屋の扉の前に白い封筒が落ちていた。


 カナリヤの字で宛名が書いてある。


 ~ 親愛なるエドワード子爵様 ~


 一気に顔から血の気が引くのを感じた。


『親愛なるエドワード子爵様』


 なぜ、カナリヤが手紙を……手紙の宛先のエドワード子爵とは……


 確か以前に社交界で噂になった彼だ。

 先代が作った借金に追われ40代にも拘わらず独身。どうも秘密の恋人がいるらしい。公にはしていないが、時々宝飾品やドレスなどを購入する事から噂が立てられた。


 カナリヤが彼に手紙を……

 公に出来ない秘密の恋人。子爵は苦労が多かった為か、年齢に似合わない白髪交じりのグレイヘアだった。

 カナリヤがパーティに選んだドレスの色はシルバーグレイ。

 彼女が今日のために欲しがった物は、貴族名鑑と出席者名簿。


 頭の隅で警笛がなる。これ以上考えるなと……


 浅はかな自分の考えをあざ笑うかのように、もう一人の冷静な自分が皮肉った口調で告げる。


 (そうだ、考えるまでもない。お前も常々言ってたじゃないか。自分を必要とする人などいない。カナリヤがお前なんかとパーティに行く理由は一つ。かつての恋人に会うためだったんだ。良かったな、バケモノのくせに彼女の役に立てて)


 ……カナリヤが……あんなに……パーティを楽しみにしていたのは……愛する人に会えるから……


 どうして己惚れることが出来たんだろう。僕のエスコートでも喜んでくれるなんて。

 カナリヤがシルバーの生地を選んだと聞いたとき、僕は自分の髪が銀髪だったことに感謝した。もちろんスミス夫人の『カナリヤ様はトーマス様のお色を身に着けたいそうです』という社交辞令を信じたわけではない。それでもカナリヤが好きな色と自分の髪の色が同じことに、浮かれていた。彼女が選んだのは銀ではなくグレイだったのに……


 どのくらい、立ち尽くしていただろう。


 僕は封筒を左手で身体の後ろに隠したまま、カナリヤの部屋の扉をノックした。


 カナリヤから、弾んだ声で入室の許可が出た。


 化粧した美しい顔に笑みを浮かべ迎え入れてくれたカナリヤ。

 紅い髪は高く結い上げられ、首には僕が選んだ紅い石の宝飾品が飾られていた。

 光沢を放つドレスに包まれている姿は、彼女自身が輝いているみたいだった。


『綺麗だよ』


 と言おうとした。

 しかし、口から出たのは全く違う言葉だった。


「今日は君を連れて行かない。一人で行くことにする」


 カナリヤは先ほどまでの表情を一変させた。


 彼女からの抗議を聞きたくなく、言葉を重ねる。


「廊下にこの封筒が落ちていてね」


 僕はまだ絶望したくなかった。


『それはお世話になったお客様へのお手紙です。たまたま、参加者名簿にお名前を見つけたので良い機会だと思って』


 そう、何でもないように言ってくれる事を期待した。


 しかし、彼女から返ってきた言葉は懇願だった。


「今日だけ! 今日だけでいいから、パーティーに連れて行って!もう二度と分不相応な望みなんか言わないから。一生下働きでもなんでもするから! 」


 必死に訴えるカナリヤ。いつもどんなに望んでも頼み事すらしてくれないのに……そんなに、パーティーに行きたいのか……そんなに子爵に、かつての恋人に会いたいのか……そんなに彼を愛しているのか……こんなバケモノの恋人役でも担おうとするほど……。


 だったら僕にも希望を……夢を見せて欲しい……


「その美しい装い、僕を想って身に着けたものはある? 」


「そっそれは……」


 言い淀むカナリヤ。


 望んでいた言葉は聞けなかった……ひとつで良かったのに……その首飾りだけでも……僕に見せたかったからって……嘘で構わなかったのに……


「ごめん……心が狭くて。君が頑張っている理由が僕のためじゃなかった事がどうしても受け入れられなくて……勝手に期待した僕が悪かったんだけど……」


 そう、全て自分が勝手に期待したこと。カナリヤがパーティを楽しみにしていたのも、作法を必死に学んでいたのも、僕が選んだ宝飾品を喜んで身に着けていたのも。全ては子爵のため。愛する人のため。

 それを、自分が得られた幸運だと思い違いしただけ。


 考えてみれば今まで、僕が贈ったものをカナリヤはなに一つ受け取ろうとしなかった。にもかかわらず、嬉々としてドレスの生地を選んでいた時点でどうして気が付かなかったんだろう。

 どうして、愚かな期待をしてしまったんだろう。


 何も言えなくなった彼女をそのままに、僕は扉を開けた。


「……トーマス様」


 僕を呼び止める声がしたが、そのまま部屋を出た。カナリヤがどんな表情かを知るのが怖かったから。


 頼んでおいた馬車に乗り込む。うっそうとした森を出て窓から賑やかな街並みへ変わって言った。


 一歩も屋敷から出られず囚人のような扱いのカナリヤ。一目愛する人に会いたいと願っただけの彼女に僕は嫉妬から……

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― 新着の感想 ―
うぁーーー!?、そういうことだったのですか!?、ここでエドワード子爵様の伏線が回収されて!?、な、なんと見事な手腕でございますか!?∑(・□・;) なるほど、そう思ってしまうとトーマスの行動にも合点…
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