仲違い カナリヤside
パーティの一週間前。スミス夫人が完成したドレスを私の使用人部屋に持ってきてくれた。部屋で、美しい出来栄えに感動していると応接室に呼ばれた。
机の上には沢山の宝飾品が並べられていた。
「スミス夫人にドレスに合いそうな品を持ってきてもらったんだ。カナリヤはどれがいい? 」
わっ私が選ぶ!? トーマス様の向かいの席にはスミス夫人が満面の笑みを浮かべていた。
「さあさあ、カナリヤ様。どれになさいますか? 」
えっと……。
……わがままを言っても許されるだろうか。豪奢の宝石類を目の前に並べられ、選ぶように促され思い切って告げてみた。
「トーマス様が選んでくれないですか?」
彼はギョッとしたような顔をした。慌てて言い募る。
「こんなにたくさんの宝飾品を見たことなんてなくて。どれが良いかなんてわからないんです。あっあなたなら一流品に常日頃から接しているから」
彼の表情はどんどん硬くなる。どうしよう。一度でいい、好きな人に選んでもらったものを身につけたかったけど……もう何でもいい。とにかく一番安そうなものを手に取ることにした。
しかし、それより早くトーマス様が宝飾品を手に取った。
「これをください」
彼はひときわ目を引く、綺麗にカットされた大きな紅い宝石のついた首飾りを手にしていた。
華奢な細工で輝いていた。
「流石ですわ。そちらの品はこちらの商品で一番高価なんですの。それにお嬢様の紅い髪色や瞳と揃いでピッタリです」
私は今、一生分の幸運を使い果たそうとしている。
パーティー当日。朝から自室で準備をする。髪型や化粧は、スミス夫人に自分でもできる方法を教わっていた。
彼の髪の色と同じシルバーのドレスを身にまとい、選んでくれた宝飾品を身に着けた。鏡の前に立ち、おかしなところがないか確かめる。
いよいよ、トーマス様とパーティに行けるんだ。スミス夫人があれだけ褒めてくれたんだから、私の見た目がトーマス様に恥をかかせることはないわよね。お仕事の相手にも恋人だと紹介してもらえるかもしれない。この美しい首飾りも目に止まるかも。何か問われたら、トーマス様が私に似合うと買ってくださったと言おう。
「愛されているのね」
と羨ましがられるかも。
パーティの中盤になったら、慣れない人混みに疲れたといって、トーマス様に寄りかかって。トーマス様は優しいから「外の風に当たったほうが良い」 と、庭園に連れ出してくれるかも。
そして美しい夜空を二人で眺めて。
今夜だけはトーマス様の愛する人になれるんだ。きっと私の今までで一番幸せな日に。
鏡の前で必死に身だしなみを整えているとノックの音がした。鏡には扉を開けて入ってくるトーマス様が見えた。綺麗だよと言ってくれるのを期待をしつつ振り返ると、彼は険しい表情をしていた。
「今日は君を連れて行かない。一人で行くことにする」
なぜっと声をあげる前にトーマス様が喋りだした。
「廊下にこの封筒が落ちていた」
彼が見せたのはソフィア姐さんへと書いた手紙だ。私が落としたんだ。トーマス様は、私が書いた出鱈目を読まれたんだ。それであんなに怒って。どうしよう、謝らなきゃ。これから2人でパーティーに行くのに。
『今日は君を連れて行かない。一人で行くことにする』
……えっ? さっきパーティーに連れってってくれないって言った!?
私が勝手な手紙を書いたから!?
そんなの嫌! 今日だけは恋人にしてもらえるはずだったのに。もうこんな機会なんてきっと無い!
もう我がままなんて言わないから! これを最後の思い出にするから!
「今日だけ! 今日だけでいいから、パーティーに連れて行って! もう二度と分不相応な望みなんか言わないから。一生下働きでもなんでもするから! 」
思わず彼に縋りつこうと手を伸ばした。
「その美しい装い、ひとつでも僕を思って身に着けたものはある?」
「そっそれは……」
もちろんと続けようとして言い淀む。トーマス様のために美しくなろうと必死だったのは……。綺麗だと言って欲しい。会場の人達に彼の恋人に相応しいと認めて欲しいと願ったのは……これは全部自分への思いだ。トーマス様のためでは……
二の句が継げなくなった私に、彼は諦めの表情で言った。
「ごめん……心が狭くて。君が頑張っている理由が僕のためじゃなかった事がどうしても受け入れられなくて……勝手に期待した僕が悪かったんだけど……」
私が伸ばした手を振り払うと、何事もなかったかのように扉を開け部屋から出て行った。彼の最後の表情は何故か思い出せなかった。まるでいつか見た悪夢のように。
……そうだった。私が今日パーティに連れてって貰える理由はただの数合わせだった。トーマス様が1人で参加するのは世間体が悪いから。私のためじゃなかったのに……。
『私にも恋人ができました。トーマス様はとても優しくして下さいます。愛する人のそばに居られて、私は本当に幸せです』
浮かれていた自分が嫌になる。どうしてあんな出鱈目を書いてしまったんだろう。どこまで思いあがっていたんだろう。あんな手紙さえ書かなければ、今頃は愛する人に手を取られ、会場にいたはずなのに。
もう二度とこんな好機は無かったのに。
ショックを受けた私は、目の前のベッドに倒れ込んだ。