一緒にパーティーへ トーマスside
それから数日後。
いつものように書斎で仕事をしていると、ノックの音がした。郵便屋が届けてくれた手紙を、カナリヤが持ってきてくれた。
束の中にひときわ華やかな封筒が紛れ込んでいた。手に取り、思わず顔を顰める。
「困ったお手紙なんですか? 」
カナリヤが心配したのか聞いてきた。
「そういう訳ではないんだけど……貴族全員に参加要請がある、王城で開かれるパーティの招待状だったんだ」
「わあ、素敵ですね」
彼女の声は弾んでいた。それにつられ、彼女と会場入りする光景を、思い浮かべてしまった。
ドレスで着飾った美しいカナリヤ。会場中の目をさらうであろう彼女が隣にいると想像するだけで、心が浮きたった。
「ひとり身で行ってもみじめなだけだよ。君が一緒に行ってくれるなら話は別だけど」
思わず本音が出てしまった。優しいカナリヤが困らないように、慌てて言い募る。
「あっ違うんだ! ひとりで参加していると、憐れまれるというか、変な風に噂されるというか……。君みたいな美しい人と行ければそんな事も無くなるかなと考えただけで。カナリヤは何も気にしなくて良いよ。こんな醜い男のそばにいたら、君まで変な風に言われるから」
ダメだ! 言えば言うほどおかしくなる。恐る恐るカナリヤの表情を伺う。
「私も一緒していいんですか? 」
紅潮した頬で彼女は言った。
「もしかして……カナリヤはパーティに行きたい?」
例えパーティに行けたとしても、隣に立つのが僕でもかまわないの?
「行きたいです! お願いします! 当日までにトーマス様に恥をかかせないように、礼儀作法を覚えますから! 」
もしかしてカナリヤは本当に本心から言っているのかな? 僕に対する気遣いではなく。
そうかもしれない。もし彼女が華やかな宴に参加したくても一人で行くわけにいかないし。だったら、僕が連れでも良いと考えるかも。
だったら今度こそ僕はカナリヤの望みを叶えられるかも。
カナリヤとパーティーに行く約束をした翌日、母の代から行きつけの服飾店を訪ねることにした。一介のお針子が、一代で築き上げた事で有名なスクイーズ商会。顔見知りの店員はオーナーのスミス夫人を呼んだ。
店の奥から出てきた、小柄で細身の中年婦人。流行の最先端のドレスをデザインしているにも関わらず、本人は地味な洋服を身に着けてる。たぶん道ですれ違っても、印象には残らない。しかし、ひとたび口を開けばお喋りが止まることは無い。
「トーマス様お久しぶりです! 礼服ですか? 近々、王宮で大規模なパーティーがございますものね。さっそく採寸を。近頃の流行ですとお色は……」
夫人は僕の顔の火傷痕に頓着しない、稀有な人物だ。それはきっと服飾と商売の事しか頭にないから。
「違うんです! 頼みたいのは僕のじゃない!! 女性用のドレスだ! 」
何とか伝えた。
スミス夫人の目がキラリと光った。
「まあ、どなたのドレスですか? もしかして、未来の奥様となられる方でしょうか? 」
慌てて否定する。
「違います! 確かに大切な人ですが、彼女とはそういった関係ではなく……」
僕の慌てた口調は、スミス夫人の好奇心に火をつけた。
「大切な方! という事はこれから愛の告白をされるのでしょうか? 」
「そうではなく、彼女は友人です! えーっと、それで彼女の美しさが引き立つようなドレスを。予算は気にしなくていいです」
「まあ、うふふ。かしこまりましたわ。大切な『ご友人』様が最高に美しくなるドレスですね」
スミス夫人の言葉に含みを感じる。まあいい。このまま友人で押し通そう。
「けれど、トーマス様。ご友人様のサイズがわからなければ、ドレスはお作り出来ませんが? 」
ようやく、夫人が洋品店の店主としての質問を投げかけてくれた。
「もちろん、わかっています。彼女は今、僕の屋敷に居るので採寸をお願いしたいのですが 」
再びスミス夫人が笑みを浮かべた。
「既にご一緒に住んでらっしゃるのですね。いつ、ご結婚を? パーティに行かれるという事は、知人の皆様へのご紹介も兼ねているのでしょうか? 」
「ですから友人です! 確かに僕は彼女の事を愛し、っではなく大切に思っていますが! 」
危うく口を滑らす。お喋りな夫人に本心を明かして、万が一カナリヤの耳に入ってしまったら……
彼女からの矢継ぎ早の問いかけを前に、取り繕うのは難しい。なんとか恋人だという誤解だけは解き、屋敷に来てくれることを頼むことができた。
スミス夫人が訪れる日は、大丈夫だろうか。もし万が一、カナリヤに僕の気持ちが知られたら……きっと、今まで通りには……
数日後に仮縫いの為に屋敷に訪れたスミス夫人。案の定、彼女の勢いに押されるカナリヤ。
「それにトーマス様から、僕の愛する人を最高に美しくして欲しいと――」
「マダム! 繁忙期だから忙しいと言ってたじゃないですか! 早く採寸を! 」
慌ててスミス夫人のお喋りに介入する。店を訪れた時に、怒涛の質問攻めでカナリヤへの気持ちを零してしまった事を後悔する。
含み笑いのスミス夫人は、僕を部屋から追い出した。
しばらくしてドアが開き、スミス夫人とカナリヤが出てきた。
僕は慌ててカナリヤに駆け寄り、スミス夫人の誤解を伝えようとした。しかし、カナリヤに押しとどめられた。
「わかっていますから」
呆れているのか諦めているのか曖昧な、それでも優しい声で。
応接室の片付けをするカナリヤを残し、僕はスミス夫人を玄関まで送ることにした。
スミス夫人と廊下を歩きながら、カナリヤの希望を聞く。夫人、意味ありげな笑みで言った。
「カナリヤ様はトーマス様のお色を身に着けたいそうです」
「……僕の色? 」
言われた内容に混乱する。
「ええ! シルバーグレイのドレスがご希望だと。トーマス様の髪の色でございますわ」
自分の髪色が、彼女の好きな色。只の偶然だと言うのに、意味もなく心臓の音が跳ねる。
「愛ですわね、トーマス様! 」
スミス夫人の呼びかけで我に返る。
「ごめん、それで? 」
話の続きを促す。
「カナリヤ様のご希望のお色は、パーティ会場には華やかさが足りないかと。もちろん、愛ゆえに選ばれたカナリヤ様の御意思は尊重し最高の光沢のある生地で作らせていただきます。ただ、宝飾品で補うという手段も大変有効かと思われます」
商売上手なスミス夫人の話術に引き込まれる。宝飾品の購入を決めた。スミス夫人に後日もう一度来てもらう事をお願いした。