一緒にパーティーへ カナリヤside
玄関の呼び鈴が鳴り、玄関を開けた。手紙を届けに来た郵便屋だ。渡された手紙の束に、仕事の書類だけでなく、美しい装飾がなされた封筒が紛れていた。
書斎にいるトーマス様に届ける。
「参ったな」
装飾を施された封筒を見て、トーマス様は珍しく溜息をつかれた。
「困った手紙だったのですか? 」
トーマス様は苦笑しながら教えてくれた。
「そういう訳ではないんだけど……貴族全員に参加要請がある、王宮で行われるパーティへの招待状だったんだ」
「わあ、素敵ですね」
なぜ、表情を険しくされていたのだろう。とても楽しそうなのに。
パーティーか、私には一生縁はないんだろうなぁ。
華やかな会場で、彼の傍らにいる自分を想像しかけたけど、あまりのばかばかしさにやめた。
「ひとり身で行ってもみじめなだけだよ。君が一緒に行ってくれるなら話は別だけど」
えっ私と一緒なら行く?どういうこと?
「あっ違うんだ! ひとりで参加していると、憐れまれるというか、変な風に噂されるというか……。君みたいな美しい人と行ければそんな事も無くなるかなと考えただけで。カナリヤは何も気にしなくて良いよ。こんな醜い男のそばにいたら、君まで変な風に言われるから」
という事は……
「私もご一緒していいんですか? 」
トーマス様は、私の勢いに戸惑われながら問うた。
「もしかして……カナリヤはパーティに行きたい? 」
行きたいに決まってる! トーマス様のエスコートでパーティーへ。
「行きたいです! お願いします! 当日までにトーマス様に恥をかかせないように、礼儀作法を覚えますから! 」
さっきまで思い描く事すら烏滸がましかった事が、叶えられるかも! 私は興奮を隠そうともせず、トーマス様に懇願した。
「……それなら、一緒に行って貰おうかな……!? 」
「本当に行けるんですか? はい! ありがとうございます!! 」
嘘みたい、彼とパーティに行けるなんて!
1ヶ月後を思い描き私は夢心地の気分になった。
パーティーへの同行が決まってから数日後、トーマス様が客を迎えられた。郵便や出入りの行商人以外で屋敷に人が来るのは初めてなので慌ててしまった。
訪れたのは眼鏡をかけた痩せぎすの女性だった。トーマス様の母親ぐらいの年代の方。
「初めまして、あなたがカナリヤ様ですね!? 」
いきなり名前を呼ばれ、戸惑いながらうなずいた。女性はさらに話しかけてきた。捲し立てるような早口である。
「まあ、なんて美しいお嬢様。スタイルも宜しいですし華やかな髪色! これは着飾らせがいがありますわ。トーマス様より最高級品で揃えるようにと依頼されております。カナリヤさまのご希望をお聞かせください。パーティの会場で映えるドレスのお色は……」
終わりそうにないお喋りに、見かねたトーマス様が間に入ってくれた。
「スミス夫人は洋品店の支配人なんだ。カナリヤもパーティに行くなら、ドレスを仕立てなきゃと思って」
洋品店のマダム。改めてスミス夫人を見たが、琥珀色の実用的な衣装の平凡な年配婦人である。しかし、目はらんらんとしており一時もじっとしている印象が無い。
「えっあのっドレスは、このお城にはたくさん……1着、貸して貰うつもりで……」
掃除のときに出入りしている衣裳部屋。そこには色とりどりの華やかなドレスが仕舞われていた。どれなら着ても許されるだろうか、と内心ワクワクしていたのだが。
「まあ、いけませんわカナリヤ様」
スミス夫人は大袈裟に首を振ると、畳みかけるような勢いで再び喋り始めた。
「このお城にあるドレスはトーマスさまのお母様が着てらした物のはずです。一番新しくても四半世紀近く前の衣装。今の流行には添いません。それにトーマス様から、僕の愛する人を最高に美しくして欲しいと―」
「マダム! 繁忙期だから忙しいと言ってたじゃないですか! 早く採寸を! 」
トーマス様が、慌ててスミス夫人の言葉を遮った。
「まあまあ、うふふ。それではさっそく始めましょう」
含み笑いをしたスミス夫人に背を押され、トーマス様は部屋から出て行った。
「さあさあ、カナリヤ様! さっそく採寸をさせて頂きます! 」
口を挟む間もなく、スミス夫人に促され下着姿になった。
「トーマス様にとうとう、恋人が出来るなんて素晴らしい事です! 先代の夫人の頃から贔屓にしていただきましたが、今まで浮いた噂がございませんでしたから」
「あの……私はトーマス様の恋人では……」
誤解を解かねばと焦る。
「ええ、分かっております。まだ正式に発表はなさらないのでしょう。トーマス様も名言は避けておりましたし。あくまで友人だと仰っておりました。ただ、時々口を滑らして。愛する人など、本当に隠す気がおありなのか……」
テキパキと作業を勧めながらも、際限がないお喋りを続けるスミス夫人。分かったことは、今回は私はトーマス様の非公式な恋人としてパーティーに参加することになっているようだ。恐らく部外者を連れて行くのは差しさわりがあるのだろう。
自分の役割がわかると、途端に気分が浮ついてきた。
トーマス様の恋人!
「トーマス様より、ドレスはカナリヤ様のご希望を取り入れて欲しいと伺っています。お好きな色は?」
好きな色……
「あのっグレーとかシルバーのドレスって……」
「まあまあ、うふふ。伯爵の髪のお色ですね! 」
思惑を指摘され顔を赤らめる。
「トーマス様、困られるでしょうか? 」
「喜びになられますわ。最高の愛の表現ですもの」
本当に愛する人がする事なら、トーマス様も喜ぶだろう。でも、私は違うのに。
「それに伯爵はこれまで色めいた噂はありませんでしたから。パートナーとの仲睦まじさを喧伝するにはもってこいですわ」
そうよね! 私は恋人役としてトーマス様とパーティに行くのだから。彼の色を纏うぐらいいいわよね。
スミス夫人に聞いてみた。
「パーティに初めて参加するのですが、当日までに何をすればいいのでしょう? 」
突然の質問にも、スミス夫人はにこやかに答えてくれた。
「そうですね……。あっ他の招待客のお名前を覚えるのはどうでしょう? ご挨拶の時にお呼びすると喜んで貰えますよ」
名前……。それぐらいなら私にも出来るかも!
「やってみたいです。でも……他の招待客のお名前はどうすれば分かるんでしょうか? 」
「トーマス様に招待状を見せて貰えば良いのですよ。招待される方の名簿が、記載してありますから。あとは貴族名鑑の肖像画と照らし合わせれば、お顔も分かります」
賑やかな採寸はあっという間に終わり、スミス夫人は楽しそうに帰っていった。
スミス夫人の助言を生かすべく、トーマス様より貴族名鑑と招待状を借りた。
トーマス様のパートナーとして、少しでも印象を良くしたい。トーマス様からはそこまでしなくても、と言われたけど。
名簿に見知った名前を見つけた。エドワード子爵。貴族名鑑を確認してみた。アルベール地方に領地があり45歳。
ソフィア姐さんの恋人だ。
先代夫妻の散財癖に苦しめられ、当主になってからもひたすら借金返済に追われていた。見かねた友人たちに連れられ、娼館にやってきた。
初めての相手を務めたソフィア姐さんに夢中になり、その後も金策で忙しいにもかかわらず、たびたび客として訪れていた。
「ソフィア姐さん……」
娼館時代で皆に慕われていた優しい姐さん。地味な顔立ちでなかなか売り上げが上がらず苦労していた。長くいたため皆の相談役になることが多く、年季明けの時には寂しさに泣く子も多かった。
「幸せになってね」
二年前の別れの時に、かけられた言葉を思い出す。
そうだ、姐さんに手紙を書こう。今、私は幸せだと。
姐さんはエドワード子爵の家で内縁の妻として暮らしているはずだ。パーティーで子爵に会えればこっそり手紙を渡せるかも。
貴族名鑑を横に置き、便箋と羽ペンを机の引き出しから取り出す。
字の練習のためにと、トーマス様が以前に使わなくなったものをくれたのだ。何を書こうかと考える前に、勝手に手が言葉を紡いでいた。
~私にも恋人ができました。トーマス様はとても優しくして下さいます。愛する人のそばに居られて、本当に幸せです~
書き上げた自分の文章にドキドキした。
トーマス様に分からないように子爵へ渡そう。パーティの日が待ち遠しかった。