誕生日の失敗 カナリヤside
気がついたら与えられた部屋の寝台の上だった。窓から差し込む陽が朝が来たことを告げていた。
眠ったのは夕方だったから、半日以上たっている。
ぐっすり眠ったせいか、身体はすこぶる調子が良い。怠さや熱による節々の痛みを消えていた。心以外は……
先ほどの出来事が夢だったことに安堵する。どうやら夜通し泣いていたらしい。頬に涙の跡があり、目が痛かった。
壁にある鏡に目をやると、真っ赤に泣きはらした目をしていた。慌てて顔を洗い朝食の支度のために厨房に向かった。
いつも通り、テーブルに朝食の配膳をし席に着いた。正面に座ったトーマス様に問われた。
「目が充血して、まぶたが腫れているけど大丈夫?……もしかして、昨日の事を気にして……」
やはり冷たい水で顔を洗ったぐらいでは、元通りにはならなかったみたいだ。慌てて取り繕う。
「ちっ違うんです!あの……夜中に怖い夢を見て……」
嘘じゃない。私にとって考えられる限りの恐怖だった。
トーマス様は心配そうな声で聞いてきた。
「それは大変だったね。どんな夢だったんだい? 」
どっどうしよう。
「……あまり覚えてなくて……ただ怖かったとしか……」
私が困っていることを察したのか、トーマス様はそれ以上は質問はしてこなかった。そして話題を変えられた。
「良かったら今日の夕食は僕が作らせて貰えないか? 」
「えっトーマス様が? 」
びっくりして聞き返してしまった。
「一応、僕も料理が出来るんだ」
それは知っている。屋敷に来たばかりの頃、何度もトーマス様の手料理を頂いた。でも、何故!?
「……私の作るもの、お口に合いませんか? 」
慌てたようにトーマス様は言った。
「カナリヤが作るものは全部美味しいよ!! ただ、たまには僕がカナリヤの為に料理をしようかと……もし、気に障るようなら止めておくけど……」
今度は私が慌ててしまった。
「いえっ嬉しいです。ありがとうございます! 」
「それなら良かった」
トーマス様は安堵されたように微笑んだ。
ただ、いつもと違う事に少し落ち着かなかった。
夕食の刻限、食堂にいこうとドアを開けるとトーマス様が立っていた。
「今日はこちらの部屋で食べよう」
案内された部屋は大きなホールだった。テーブルには様々な料理が乗った皿と2人分のカトラリーがセットされていた。
「今日はカナリヤの誕生日だろ。お祝いしようと思って」
誕生日……
「火事の時の調べで、君が役人に答えていたのを覚えていて……」
バツが悪そうな表情で、トーマス様が告げた。
スープにサラダ、ローストビーフ。テーブルの真ん中にはデコレーションケーキもあった。いったい、何時から準備していたのだろう。
「わああ! ありがとうございます!! 」
嬉しい、嬉しい!!
トーマス様が私の事を祝ってくれる。まるで家族みたいに!!
あまりに喜ぶ私に違和感を覚えているのか、今度はトーマス様は落ち着かないようだった。
「誕生日を祝ってもらったのは初めてなんです」
はしゃいでしまった言い訳をする。
テーブルに着くと、トーマス様がグラスに紅いお酒を注いでくれた。
「お酒は大丈夫? 」
「えっと、初めて呑むので分からないです」
「そう、じゃあ無理しないでね」
そうは言われても、高価なお酒を残すのは居たたまれない。口当たりが良いそれを、ちびちびと舐めるように呑んだ。
「誕生日プレゼントは何が欲しい? 」
トーマス様はどこまでも優しかった。
「そんな、食事も作ってもらったのに」
これ以上、何かして貰ったらバチが当たってしまう。
「それとは別に。僕に用意できるものなら何でも贈るから」
「何でもは無理ですよ」
「いいよ。宝石でも家でも」
なんでも願いをかなえてくれると言ってくれた優しい彼。
今までに呑んだことのない、甘いお酒と彼の言葉。酔っぱらっていて、まともなことなど考えられない。
ひと時でいいから恋人になりたい。愛をささやかれて、宝物みたいに抱きしめられたい。
その想いから、つい身の程知らずの望みを言ってしまった。
「あなたと一夜を共にしたい。束の間でいいから夢を見たい」
彼の顔がゆがんだ。
「ごめん……」
一言だけ言い残し、顔をそむけたまま彼は部屋から出て行った。
扉の閉まる音で、また間違えたことを知った。
どうして、私は同じ過ちを繰り返すんだろう。どうして……希望が捨てられないんだろう。
甘かったはずのお酒。
改めて口にしたけど酸味が強すぎるのか、杯を飲み干すことは出来なかった。