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倦怠期カップルは思い出す  作者: 原滝飛沫
3章

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第98話 あきらめられるはずだから


 敦との交際を初めて二週間ほどした時のことだ。真剣な表情をした凛子に叱られた。


 凛子には私がだらしないと映ったらしい。髪を伸ばしたことや、糖分や脂肪分の多い食べ物を口に入れすぎだと咎められた。


 私は反発した。


 だってだらしなく過ごしたとは思ってない。髪を伸ばしたのは、敦が長髪を好むと知ったからだ。交際前にさりげなく問いかけて、短めよりも長い方が好きと言質を取ったから散髪せずに伸ばした。


 甘い物だってそう。幸せ太りってわけじゃないけど、間食するのは敦とデートする時くらいだ。休日は可能な限りお菓子を食べないように努めている。


 そんなことを穏やかに伝えたら強めの口調で「レギュラーあきらめるの?」と告げられた。


 あきらめないよ。


 そう告げようとしたのに、喉元に何かが詰まって即答できなかった。


 バレーボールは続けるつもりでいた。学年が変わっても部活に顔を出すつもりだったし、ひざが治ったら努力は惜しまないつもりでいた。


 それでも脳裏をよぎったんだ。いざ言葉にしようとした刹那、無理かもしれないと。


 そう思った自分にがく然とした。凛子との話し合いを終えてからもこのできごとが胸の奥に残った。


 バレーボールを失ったら私には何が残るんだろう。


 考えたら怖くなって、自宅でのトレーニングメニューを見直した。


 ひざが治っていない状態でやれることは限られる。私が手をこまねいている間も部活仲間は練習試合を繰り返してレベルアップしていく。


 置いて行かれる恐怖に駆り立てられても私にできることはない。


 敦に弱音を吐きたくなった。一度は口を開いて、言葉を発する寸前で誤魔化した。

敦が好きなのは格好良い私だ。情けない姿は見せられない。


 見栄で敦には相談できない。


 でも焦燥と見栄のはざまでもがくのは辛い。私は敦との恋愛にのめり込んでいった。文芸部の再興を口実にして二人きりの時間も増やした。


 目を逸らし続けても心はすり減る。やがて私の中で敦に対する疎みの情がわき上がった。敦が恋人じゃなければもっと自然体でいられるのに。思考が腐り始めて歯止めが利かなくなった。


 だから浮谷さんとの二股を経て円満に別れられた時はほっとした。医者から激しく動いていい許可も得られて、晴れてバレー部の活動に参加した。


 みんな見違える動きをしていた。


 所作の一つ一つが別人のように速い。私が知っている同期の姿はどこにもなかった。凛子に至っては、ウィングスパイカーの私よりも強力なスパイクを打てるようになっていた。


 レギュラーの座を勝ち取るのは無理。数年に渡る選手としての勘がそう告げた。


 それでも見栄やプライドを捨てきれなくてチャンスを欲した。


 一蹴されると思っていた。私は長らく部活動に顔を出さなかったし、凛子から私の振る舞いは伝わっていたはず。


 その予想とは裏腹に、私にはチャンスが与えられた。チームメンバーも反対しなかった。


 それが逆にショックだった。


 大会を控えた大事な時期。自己中心的な挑戦なんてチームの輪を乱すのに、私の申し出は受け入れられた。それだけ私は期待されていたってことだ。


 なのに私は弱気になって恋に逃げた。


 それどころかケーキやジュースを気兼ねなく飲み下した。スタイルが維持できているだけの体じゃ動きが鈍くて戦えない。


 恥ずかしかった。


 恋愛に逃げた事実も、ベンチ入りする現実を受け入れられない自分も醜く思えた。穴があったら入りたい気分というものを生まれて初めて味わった。


 みんなの期待に応えられない。私にはその現実だけが残った。


 だから考え方を変えた。


 練習試合はレギュラーに割り込むための足掻きじゃない。ベンチ入りを自分に納得させるための試合だと再認識した。


 部活仲間は私の期待に応えてくれた。完膚なきまでの敗北を叩きつけられて言い訳の余地もなかった。学校の名前を背負って試合会場の床を踏むのは彼女らだ。


 これで私のバレーは終わり。退路を断つべく退部届を提出した。


 顧問からはまだ一年あると説得されたけど、その一年は受験の年だ。


 学校関係者が大学受験よりも部活動を優先しろとは言えない。気が向いたら顔を出せと告げられて頭を下げた。


 バレー部に戻るつもりはない。


 でも放課後になると胸の内がざわっとする。ボールを触らなきゃって、どうしようもなく焦燥に駆られる。


 これは時間が解決してくれる。


 体や技術なんて一朝一夕じゃ仕上がらない。しばらく我慢すれば体を作るのも間に合わなくなる。


 そうなれば詰みだ。時間は戻らないからどうしようもない。仮にバレーがやりたくなっても、私の選手としての矜持がそれを許さない。


 私のゴールは定まった。後は真っ直ぐ突き進むだけだ。

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