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倦怠期カップルは思い出す  作者: 原滝飛沫
3章

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第93話 萩原敦


 バッと振り向いた先に同級生の男子が立っていた。

 

 確か名前は萩原さん。いつも教室の隅で読書に勤しんでいる、時々目が合って笑みを交わす程度の相手が人混みから一歩前に出た。


 ナンパ師が顔をしかめた。見るからに排他的な空気が醸し出されてクラスメイトが息を呑む。ガタイのいい二人組から敵意のこもった視線を向けられてるんだ。怖くないわけがない。


 二人組がここぞとばかりに身をひるがえして威嚇した。トラを前にしたかのような威圧感が背中越しでもヒシヒシと伝わる。


 ナンパされて泣き出しそうになった私だ。ガラの悪い二人から鋭い視線を向けられるのがどれだけ怖いか手に取るように分かる。


 やっぱり何でもない。


 そう告げてきびすを返す光景を幻視した刹那、萩原さんがナンパ師の一人に泣きついた。声色を震わせてすがりつくさまは、突如泣き出した幼子のごとく意味不明に映った。


 道に迷ったって、それ今聞くこと? スマートフォンで調べればいいじゃない。


 突然のことすぎて呆気に取られていると、慌てふためくナンパ師の腰元で手首が振られた。


 しっしっと人を追い払うジェスチャー。


 その意味を理解して、私は走ってその場を後にした。逃げ切ったと悟った時は安堵で地面にへたり込みそうになった。


 翌日はそわそわしながら教室に足を運んだ。


 助けてくれたお礼を言わなきゃ。そう思ってドアをスライドさせると、室内がいつになく賑わっていた。


 珍しいことに、その賑わいの中心には萩原さんがいた。耳たぶをお風呂上がりみたいに真っ赤にして机とにらめっこしている。


 近くの友達に話を聞くと、原因はクラス専用のチャットルームに投稿された動画にあった。


 街を背景に、一人の少年がガラの悪い二人組にすがりついている映像。吟味するまでもなくあの日の私たちがそこにいた。


 意図せず指をぎゅっと丸めた。


 あの場にいた誰かが録画していたんだ。


 泣きそうにしていた私のことは見て見ぬ振りをして。あろうことか恩人をさらし者にするような真似をするなんて恥を知らないにもほどがある。


 動画を投稿したのは誰か呼びかけようとして、寸でのところで激情をこらえた。


 動画を投稿したアカウントが誰か分からない。直接呼びかけたところで隠すだろうし、下手をすれば萩原さんを悪者にしてしまう。


 私は普段通りを心がけた。よく勉強して、運動して、笑った。


 その裏で録画した犯人を捜した。友達に動画の話題を振って、心の中で萩原さんに謝りながら談笑した。


 私が笑顔を心がけていたから誤解したのだろう。一人の女子が自分だと笑顔で名乗り出た。萩原さんと同じく一人で過ごすことの多い子だった。


 その子を人気のない場所に呼び出して問い詰めると、朗らかな表情を一転させて顔を青ざめさせた。


 その子いわく目立ちたかったらしい。教室の隅で教科書を開くことに耐え兼ねていた時、ナンパ師にすがりつく萩原さんを見てエンタメになると思い至ったようだ。動画が注目を浴びたところで名乗り出れば人気者になれると思い込んだ旨を告げられた。


 あまりにも自分勝手な動機。聞いた当時は感情が爆発しそうだった。


 他者が知られたくないことを暴露しておいて、そんな人と友達になりたがる人がいると本気で思ってるの? 人をダシにするような性格だからみんなあなたから逃げていくんじゃないの?


 口を突きかけたひどい言葉を呑み込んで、ごねる彼女を根気よく説得した。後日萩原さんの前で頭を下げさせることに成功した。


 酷だと思って他のクラスメイトには真相を明かさなかった。その一方で萩原さんが名誉回復を望むならその手伝いをするつもりでいた。


 でも萩原さんは笑ってその子を赦した。


 気にしてないから。そんな言葉が嘘なことくらいは分かった。萩原さんが羞恥でうつむく姿は記憶に新しい。何度弁解しても聞く耳を持たないクラスメイトを前にして、相当な悔しさともどかしさに苛まれたはずだ。


 頭を下げた女子を一人戻らせた後で萩原さんと話をした。誤解を解くなら協力する。それであの子の立場が悪くなっても自業自得だと主張した。


 萩原さんは私の提案にかぶりを振った。


 それどころかナンパされた時に怪我をしなかったか確認された後で、「無事でよかったよ」と柔和な笑顔を向けられた。


 とくんと胸が高鳴った。今まで覚えたことのない熱に戸惑って、私は逃げ帰るように教室に戻った。


 その日から萩原さんを意識するようになった。


 毎日トリートメントと化粧水は欠かさない。華耶からファッション雑誌を教えてもらって衣服の研究を重ねた。


 萩原さんと目が合う回数が増えて、それを指摘した華耶かやが萩原をグループに迎え入れた。


 萩原さんを誤解してる凛子は難色を示したけど、グループから追い出すような真似はしなかった。萩原さんと交流する機会が増えて、一緒の時間を過ごす内に恋心が膨れ上がるのを感じた。

 

 気持ちを抑えきれなくなって、私は中庭で思いの丈を告白した。萩原さんも私を想ってくれていたことを知ってまさに夢心地だった。


 凛子がグループを抜けたのは、それから三か月後の話だった。


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